この記事は日経ビジネス電子版に『山場の春季労使交渉 「実質賃下げ」の加速、コスト高で現実味』(3月1日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』3月7日号に掲載するものです。

2022年の春季労使交渉(春闘)がまもなく山場を迎える。物価上昇分を加味した実質賃金は下落傾向にあり、日本が抱える大きな問題だ。企業を原材料高が襲い、交渉の行方次第では生活がさらに苦しくなりかねない。

(写真=左上・左下・右下:共同通信、中央上:アフロ、右上:ロイター/アフロ)
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 労働側と経営側が賃金の水準を取り決める春季労使交渉は、3月16日に集中回答日を迎える。新型コロナウイルス禍で厳しい業績の企業が多かった2021年は、ベースアップ(ベア)と呼ぶ基本給底上げを見送る事例が続出した。今回の交渉では、足元までの業績改善を受け、自動車など製造大手の労働組合が相次いでベアの要求を復活させた。22年の賃上げ率は21年実績の1.86%(厚生労働省集計)を上回るとの見方が多い。

 業績改善に加え、賃上げの追い風になり得る理由がもう一つある。21年10月の発足時から企業に対し繰り返し賃上げへの期待を述べている岸田文雄政権の存在だ。岸田首相の政策の柱は「成長と分配の好循環」。経済成長の恩恵を中間層に行き渡らせて消費を活性化し、さらなる経済成長につなげるというものだ。

 賃上げは分配強化の手段となるだけに、政権は様々な施策を通じ、第2次安倍晋三政権以降の「官製春闘」の盛り上がりを復活させようとしている。その柱が13年度に導入した所得拡大促進税制、いわゆる賃上げ税制の強化だ。賃上げなどを通じて従業員全体の給与総額を増やすと、法人税などの一定割合が控除される税優遇策で、岸田政権は賃上げの度合いに応じて控除率を段階的に引き上げる仕組みに改めた。

 例えば大企業の場合、従業員の給与総額を前年度より3%以上増やすと、増加分の15%相当額が法人税から控除される。4%以上増やすと控除率は25%になる。従業員のスキルアップに資する投資を行った場合はさらに増えて30%だ。

 中小企業の控除率はさらに手厚く、同様の仕組みで従業員の給与を増やすと最大40%が控除される。これまでの控除率は大企業で最大20%、中小企業で同25%だったことを考えると、より強い賃上げインセンティブを与えたと言える。

 経済界もこうした政権の意図に配慮する姿勢を見せる。経団連は春季労使交渉の指針となる経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)の中で「業績のいい企業についてはベアを含む賃上げが望まれる」と、昨年よりも前向きな姿勢を示した。

原材料高が業績の重しに

 だがここにきて、前向きな動きに水を差す出来事が起こっている。2月中旬に出そろった企業の21年4~12月期決算は、原材料やエネルギーなどのコスト高に企業が苦しむ姿が浮き彫りとなった。