高い評価を受け、収益向上にもつなげている脱炭素経営には共通点がある。大転換に迷いを見せないトップの姿や、組織や制度による改革の具体策などだ。ステークホルダー全員のベクトル合わせには、明確な道しるべが必要となる。

 今や100以上の国・地域が2050年までの脱炭素達成に賛同している。そして世界中の企業が新事業を起こそうと巨額を投じる。脱炭素関連の市場は確実な成長が見込める「約束された市場」であるがゆえに、競争も激しい。他社より抜きんでて競争に勝つための条件は何か。

 「地球の中のソニー」。21年9月に開かれたソニーグループのESG説明会。吉田憲一郎会長兼社長は18年の社長就任時の社内向けブログで用いたキーワードを改めて使った。吉田社長は「我々が企業活動を営むことができるのも、持続可能な社会、健全な地球環境があってこそ」と述べ、ソニーの存在意義と環境経営が結びついていることを強調した。

<span class="fontBold">「地球の中のソニー」。ソニーの吉田憲一郎会長兼社長は分かりやすい1フレーズに、会社の存在意義と気候変動抑制に貢献する強い決意を込めた</span>(写真=DPA/共同通信イメージズ)
「地球の中のソニー」。ソニーの吉田憲一郎会長兼社長は分かりやすい1フレーズに、会社の存在意義と気候変動抑制に貢献する強い決意を込めた(写真=DPA/共同通信イメージズ)

 ソニーは10年から50年までに環境負荷ゼロを目指す長期環境計画「Road to Zero」を進めている。平井一夫前社長は再生可能エネルギー推進に関して積極的に発言し、吉田社長も気候変動対応について「企業としての責任を果たす」と強調。事業を通じて温暖化抑制に貢献する意欲を示す。

 22年1月には米テクノロジー見本市「CES」の記者会見で吉田社長は電気自動車(EV)の市場参入検討を自ら表明した。ソニーはEVのバッテリーを分散制御して管理する発電システム「マイクログリッド」の事業構想を温めているといわれる。

心に響くメッセージの力

 ソニーの吉田社長のように、経営トップの「本気度」を示すことが第1の条件だ。脱炭素戦略を成功させるには、化石資源を使った大量消費・大量生産方式のビジネスモデルや価値観を180度転換することすら求められる。大変革の旅へといざなうトップには、ステークホルダーの心に響くメッセージの発信力が求められる。

 従業員が安心して足を踏み出せるように鼓舞し、共感して参加したくなるストーリーを取引先に示す。そして投資家や地域社会からの賛同も得なければならない。

 2つ目は、分かりやすい「旗」を掲げることだ。環境経営を熱心に推進するリコーの山下良則社長は、17年の社長就任直後に事業で必要な電力を100%再エネに切り替える「RE100」への参加を決めた。日本企業として初めての参加である。「社会的課題に取り組まない企業はいずれ淘汰の憂き目に遭う」。就任してすぐに環境経営をコア戦略に組み込んだトップの野心的かつ具体的なメッセージは、環境保全と利益創出を同軸で考える基本姿勢を社内に深く浸透させるきっかけになった。

<span class="fontBold">リコーは環境保全と利益創出の同時実現を狙う。山下良則社長は2017年の社長就任時に日本企業初のRE100参加を表明するなど、再生可能エネルギー推進にも積極的に関わる</span>(写真=陶山 勉)
リコーは環境保全と利益創出の同時実現を狙う。山下良則社長は2017年の社長就任時に日本企業初のRE100参加を表明するなど、再生可能エネルギー推進にも積極的に関わる(写真=陶山 勉)

 遠い最終ゴールに導くには、そこに向かう道しるべとなる「近い旗」をいくつも立てる必要がある。

 イオンは18年に「イオン脱炭素ビジョン2050」を策定した。店舗、商品・物流、ユーザーの3つの視点から、店舗や事業の過程で発生する温暖化ガスを総量でゼロにする活動に取り組んでいる。

 21年7月には18年策定ビジョンに基づき、サプライチェーンを含めた取り組みを本格始動。プライベートブランド「トップバリュ」の製造委託先から、取り組み状況や課題などを聞き取り、今後、商品の製造過程で出るCO2を算出し、サプライチェーン全体での削減計画を作る方針を打ち出した。

 商業施設のイオンモールは約160カ所の使用電力を25年度までに100%再生可能エネルギーにする。金融子会社では脱炭素型住宅とEVを購入する際のパッケージローンの提供を始めた。高い目標に巨大グループが歩みを進めるには、近くて実行可能な目標を置くことが重要なのだ。

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