この記事は日経ビジネス電子版に『キーエンスは現代の「奇兵隊」 習慣化で弱さ克服』(2月17日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』2月21日号に掲載するものです。

キーエンスの強さは人材だが、一人ひとりが傑出しているわけではない。特徴は「弱さ」を見つめて克服し、組織でのパフォーマンスを高めたことだ。その姿は、江戸時代の常識を覆した「奇兵隊」に通じる。

(写真=PIXTA)
(写真=PIXTA)

 「あの人たちの付加価値はもう人。彼らのすごい提案力です。うちの設備を開発している者たちもコロッとやられるんですわ」。電子部品の雄、村田製作所の中島規巨社長は取引先であるキーエンスの組織力に脱帽する。製造業のデジタル化に詳しい野村総合研究所の小宮昌人主任コンサルタントも「経営層にささる提案力は絶大。キーエンスほど顧客価値の最大化を図れるメーカーは見当たらない」と話す。

 1日最低5件以上の顧客訪問、分刻みのスケジュール管理、外出報告書に基づく討議──。キーエンスには受注をもぎ取る方程式がある。その道を極める過程で彼らがこだわってきたのは、「顧客が欲しいというものは作らない」というポリシーだ。

潜在需要こそ宝の山

 顧客軽視のように思えるが、実際は異なる。目の前の課題に悩む顧客は、問題の本質まで思いが至らない。先回りして本質を探り当てて解決すれば、大きな価値を提供できる。顧客も気づかない潜在需要こそキーエンスにとっては宝の山なのだ。

 それは米アップル創業者スティーブ・ジョブズが「人は形にして見せてもらうまで自分は何が欲しいか分からない」と喝破したのと通じる。

 語り草は、細胞などのサンプルを観察する蛍光顕微鏡だ。背景に無駄な明るさがあると正確さが保てないため、顕微鏡は暗室で使うのが常識とされていた。だがキーエンスはここに鉱脈を見つけた。顕微鏡全体をプラスチックの筐体で囲んで背景の無駄な明るさを遮断すれば、わざわざ暗室で観察しなくてもいいと考えたのだ。顧客の固定観念を発想の転換で鮮やかに覆し、新たな商機を生み出していく。

 他の企業がうらやむこうした芸当を、なぜキーエンスは連発できるのか。同社の卒業生で製造現場のコンサルティングを手掛けるFAプロダクツ(東京・港)の天野眞也会長は、「性弱説」が背景にあると指摘する。

 人間の本性は弱きに流れやすい。顧客すら気づいていないニーズを外部から見抜くのは難しく、諦めてしまうことは珍しくない。キーエンスの社員も、不完全さや欠点を常に抱えて営業や開発に取り組んでいる。

 こうした弱さをどうしたら壊せるのか。キーエンスの答えは、日々の習慣に落とし込むことだった。「何度顧客を訪れたか、何をどれだけ提案したか、そのために何をしたのか、因果関係を含め徹底的に検証する」(天野氏)。習慣はキーエンス独自の仕組みに昇華し、DNAとして根付く。

 失敗を許容する社風も見逃せない。受注に結びつかなくても「途中の行動力」を人事評価の対象とする。とことん考え動き続けることで、弱さを克服できると考えるからだろう。

 カリスマ創業者は既に経営の第一線を離れたとみられる。社内に特筆すべき天才がいるわけでもない。にもかかわらずキーエンスが成長を続けられる理由はここにある。

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