この記事は日経ビジネス電子版に『「中興の祖」ランキング』(2021年12月29日、22年1月17~21日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』1月24日号に掲載するものです

企業経営において中興を成し遂げたリーダーを見てきたが、歴史上の中興の祖となると、どんな人物を思い浮かべるだろうか。東京大学史料編纂所の本郷和人教授に話を聞いた。

<span class="fontBold">本郷和人(ほんごう・かずと)氏</span><br />東京大学史料編纂所教授。1960年生まれ。東京大学文学部卒、同大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。近著に『北条氏の時代』。(写真=北山 宏一)
本郷和人(ほんごう・かずと)氏
東京大学史料編纂所教授。1960年生まれ。東京大学文学部卒、同大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。近著に『北条氏の時代』。(写真=北山 宏一)

 本郷氏がまず名前を挙げたのは、江戸幕府8代将軍の徳川吉宗だ。15代続いた徳川将軍の折り返し地点で、いわゆる「享保の改革」を進めた。元禄時代以来の華美な風潮を改め、破綻寸前だった財政の立て直しに尽力した。

 まず評価できる点は「足高の制」による人材登用です。「町奉行なら3000石」というように役職ごとの石高を定めて、それを下回る者が就任する際には在職中だけ補塡する仕組みです。恩恵を受けた一人が大岡忠相(越前守)です。幕府が安定するにつれて世襲で役職に就くのが通例になっていたのを改めたわけです。

戦国時代も抜てきはまれ

<span class="fontBold">江戸幕府の中興の祖とされる8代将軍徳川吉宗。幕府財政を立て直そうと、享保の改革を進めた。人材登用や法整備で優れた事績を残した</span>(写真=アフロ)
江戸幕府の中興の祖とされる8代将軍徳川吉宗。幕府財政を立て直そうと、享保の改革を進めた。人材登用や法整備で優れた事績を残した(写真=アフロ)

 実力主義のイメージが強い戦国時代でも、能力主義による抜てきはまれでした。織田信長が優れていた点は人材登用に積極的だったことですが、招いたのは裏切りの連続で、最後は本能寺で明智光秀に討たれてしまう。組織の安定と抜てきというのは表裏一体のところがあります。吉宗は恐らく負の側面を分かった上で改革を断行した。それだけ幕府の状況に危機感を持っていたのでしょう。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り1300文字 / 全文1926文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、10年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「「失われた30年」に輝いた 中興の祖ランキング」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。