この記事は日経ビジネス電子版に『「中興の祖」ランキング』(2021年12月29日、22年1月17~21日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』1月24日号に掲載するものです

1990年以降で中興の祖と呼べる名経営者は誰か。時価総額の伸びに基づくランキング首位は信越化学工業の金川千尋氏だ。リーダーたちは逆境を物ともせず、大胆な改革を推し進めて成長への活路を切り開いた

注 : ‌2021年11月26日時点の株式時価総額上位100社で、1990年1月1日以降に社長もしくはCEO(最高経営責任者)に就任し、すでにそのポストを退いている人物が対象。就任前日と退任日の時価総額の増減率(単位:倍)を、同期間の日経平均株価の増減率(同)で割って補正した値を得点としてランキング。創業者や後任社長の健康上の理由により緊急登板した人物、刑事事件にかかわったような人物、就任時の時価総額が100億円以下だった人物は含めない。社名は現在のもの。日経NEEDSの人事データを用い、日経ビジネスが一部加筆、作成した
注 : ‌2021年11月26日時点の株式時価総額上位100社で、1990年1月1日以降に社長もしくはCEO(最高経営責任者)に就任し、すでにそのポストを退いている人物が対象。就任前日と退任日の時価総額の増減率(単位:倍)を、同期間の日経平均株価の増減率(同)で割って補正した値を得点としてランキング。創業者や後任社長の健康上の理由により緊急登板した人物、刑事事件にかかわったような人物、就任時の時価総額が100億円以下だった人物は含めない。社名は現在のもの。日経NEEDSの人事データを用い、日経ビジネスが一部加筆、作成した
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(写真=東洋経済/アフロ)
(写真=東洋経済/アフロ)

 信越化学工業の金川千尋氏は、トップダウン方式で同社を日本有数の高収益企業へと飛躍させた経営者として知られる。300人強の経営者の中でトップに立った今回のランキング結果を目にして、経営史学の大家である国際大学の橘川武郎副学長は「納得のいく結果。中興の祖と呼んで間違いない」と太鼓判を押す。

選択と集中を徹底

 1990年から20年間にわたって社長を務めた金川氏は選択と集中を徹底した。不採算部門を整理する一方で、産業用部品から日用品まで幅広く使われる塩化ビニール樹脂事業を米国子会社のシンテックを舞台に拡大。同時に、半導体の主要材料であるシリコンウエハー事業にも注力し、両分野で世界最大手となった。カリスマは衰えを知らず、95歳を迎えた今もなお代表権を持つ会長を務める。

 橘川氏は「付加価値の高い高機能製品ではなく汎用品の塩ビ事業に、新興国ではなく先進国の米国で注力したというある種、非常識な決断をできたのが普通の経営者とは違う」と評する。

 信越化学の2021年3月期の連結売上高は就任時の3倍を超える1兆4969億円。1月7日時点の株式時価総額は当時の約22倍の約8兆2000億円で、旭化成や三菱ケミカルホールディングス(HD)を大きく引き離し、日本の化学大手の中で首位を独走している。

経営者は株主の「召使」

 東京大学法学部を卒業後、極東物産(現・三井物産)を経て、1962年に信越化学に入った。「会社は株主のもので、利益を追求するもの。私は株主の『召使』にすぎません。株主を満足させるために、社長が一番働かなければならない」「社長業は365日無休のスーパー」──。過去にこんな発言もある金川氏の経営哲学は、具体的な数字と利益を何よりも重視し、一般論や抽象論を排除するものだ。

 70年代に海外事業本部長だった金川氏が中心になって立ち上げ、相次ぐ能力増強で世界一の塩ビ企業に育ったシンテックは、いわば愛する我が子のような存在だ。営業担当者は10人に満たないのに、2020年12月期には609億円の純利益を稼いだ少数精鋭ぶりは金川イズムを体現している。

 16年にはシンテックに30年以上の駐在歴がある斉藤恭彦氏が信越化学の社長に就いた。手塩にかけて育てたシンテックが、自身の経営者DNAを次世代に継承する器にもなった。

 「失われた30年」と呼ばれた低迷の時代にあって、異例の成長を成し遂げるとともに、シンテックという大きな財産を残した金川氏ほど中興の祖と呼ぶにふさわしい経営者はいないだろう。