この記事は日経ビジネス電子版に『さくら水産、脱ワンコインで大繁盛 知恵と技術でデフレを破る』(12月16日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』12月20日号に掲載するものです。

ちょっとばかり高くても、顧客に飛びついてもらえるような製品やサービスを生み出す──。デフレ経済の閉塞感を打ち破ろうと、こんな課題に挑んだ企業が成果を出し始めた。金融緩和だけでは物価も賃金も上がらない。逆境からはい上がる鍵は企業の知恵と技術だ。

<span class="fontBold">さくら水産イオン新浦安店には朝に市場で買い付けたさまざまな種類の魚が並ぶ。その場でさばき、客の好みに応じて調理する活魚定食が人気だ</span>(写真=陶山 勉)
さくら水産イオン新浦安店には朝に市場で買い付けたさまざまな種類の魚が並ぶ。その場でさばき、客の好みに応じて調理する活魚定食が人気だ(写真=陶山 勉)

 「今日はおいしいイシガキダイが入っているよ。焼き魚がお薦めだよ」。千葉県の新浦安駅からほど近い海産物居酒屋「さくら水産イオン新浦安店」。昼時になると店員と客の間で魚の品定めが始まる。店頭の水槽にはその日の朝に東京の豊洲市場から仕入れたヒラメやアジなどが泳ぐ。時にはアカハタ、カワハギといった高級魚がお目見えする時もある。

 選んだ魚をその場でさばき、刺し身、てんぷら、焼き魚、煮魚など客の好みに応じて出す「活魚定食」が、新型コロナウイルス禍以降、さくら水産のランチの目玉となっている。価格は1280円から。ビジネスパーソンの昼ご飯としては高めの価格設定だ。

 さくら水産といえば、かつてはアジやホッケ、サバなどの旬の魚を使った魚料理にみそ汁とお新香、卵が付いた500円の「日替わり定食」が売りだった。

魚選びの楽しみが価値生む

 だが、中国や東南アジアを中心に魚食需要が増えるにつれて魚の価格が高騰。異常気象などで漁獲量も不安定になり、価格が読みづらい。加えてサーモンやサバ、エビといった輸入品も為替の円安の影響で値上がりが止まらない。ワンコインランチは、数年前から採算に合わなくなっていた。

 そこに2020年、コロナ禍が追い打ちをかける。緊急事態宣言中は営業自粛で夜の売り上げをほぼ喪失。宣言が明けても夜に外食する人が減り、ディナータイムの売り上げはコロナ禍前を大幅に下回る。

 「何か手を打たねばと社内で検討した結果、ランチの中身を大きく見直し、利益を出せるようにしようと決めた」と、さくら水産の運営会社テラケン(東京・千代田)で商品開発と仕入れを担当する佐々木泰晶・営業部次長は話す。

 メニュー改革の中心に据えたのが活魚定食だった。1990年代から海産物居酒屋を営むテラケンには、市場の卸売業者と太いパイプがある上、魚に詳しい調理職人が全店舗に配置されている。漁の出来高に応じて魚を安く調達し、出荷時に締めることなく生きたまま店舗まで運んで客を喜ばせようということになった。

 店に水槽を用意しておけば、客に鮮度の高い魚が出せる。泳いでいる魚を見る、店員から魚種の説明を受ける、魚を選ぶ、といった楽しみも提供し、満足してもらおうと考えた。

 社内には「安いランチを求める客が離れていく」「ランチとしては高すぎないか」と慎重な意見もあった。だが何もしないよりはいいと2020年6月ごろ、東京・西新宿の店舗で始めてみたところ、大きな反響があった。「若者や女性客など、今まで店に来なかった客層を取り込むことができた」(佐々木氏)。活魚定食に引っ張られ、1食780~980円の海鮮丼も売れるようになった。

 活魚定食を始めて約1年、今やランチの客数と売り上げはコロナ禍前の19年を上回る。平均客単価も200~300円ほど上がった。

 消費者が求めるのは安さだけではない。価格に見合う価値、体験ができるか否かが、財布のひもを緩める判断基準になることを、活魚定食の成功は教えてくれる。

企業努力を付加価値向上に振り向ける
●顧客価値の向上を通じた販売価格の引き上げ事例
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出所:日本経済再生本部「未来投資会議」の資料などを基に編集部作成
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 上の表は、顧客価値の向上を通じて販売価格の引き上げに成功した企業の主な事例だ。洗浄力を従来品より高めた洗剤、口臭予防という価値を加えた歯磨き粉。男性客の多い床屋で女性向けビジネスを始める──。企業の努力をコスト削減ではなく、新たな需要や価値の創造に振り向けることで、収益を伸ばす余地は大きくなる。

 それだけではない。「付加価値のある自社商品を作ろうと考えたのは、職人の誇りを取り戻すためでもあった」。こう話すのは鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」の製造元、愛知ドビー(名古屋市)の土方智晴副社長だ。

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