この記事は日経ビジネス電子版に『日本に根付く「円安富国論」の幻想 アベノミクス停滞の深層』(12月14日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』12月20日号に掲載するものです。
日本経済にとって為替の円高は悪、円安は善としてきた「円安富国論」が揺らいでいる。アベノミクスで円安に振れても国の成長は停滞し、日本人は相対的に貧しくなった。輸出立国・日本の繁栄を支えた勝利のシナリオが機能しなくなったのは、なぜなのか。
「日本国の経済が立ち直り、国民の努力が認められることだから、良いことではないか」

ニクソン・ショックが起きた1971年、日本円を1ドル=360円から308円に切り上げることが決まった。報告する閣僚に昭和天皇が述べられた言葉と伝えられている。
本来、輸入価格を相対的に引き下げる円高は「消費者にとって良いことしかない」(大正大学の小峰隆夫教授)。しかし、85年のプラザ合意、90年代のバブル崩壊、2008年のリーマン・ショックと、急激な円高が日本経済を痛めつけたことが経済界にとってトラウマとなった。特にリーマン・ショックは韓国や台湾勢に押された電機業界が壊滅状態に追い込まれ、円高の負の印象を植え付けた。
流れを変えたのが、安倍晋三元首相の経済政策「アベノミクス」だった。13年に始まった日本銀行による大規模な金融緩和は円安を誘い、株高も招いた。円安富国論が機能したかに思われた。

新型コロナウイルスが世界を襲って以降、さらに円安は進んでいる。21年の主要国・地域の名目実効為替レート(図2)は、円が独歩安となった。国の輸出競争力を示すとされる実質実効為替レート(図1)は、約50年ぶりの円安水準となっている。

ところが、期待された「円安→輸出増→企業収益増→賃金増→日本の内需増→インフレ→経済活性化」という成長シナリオはいっこうに実現しない。JPモルガン証券によると、過去20年で主要国の物価は40~50%程度上がったが、日本はわずか2.6%の伸びにとどまった。賃金も底ばい状態といっていい。
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