この記事は日経ビジネス電子版に『消えた復職の夢、ITスキルで身を立てる』(11月22日)、『アプリを13本作った70歳、経験+デジタルスキルが生きるシニア』(11月24日)、『美大に通うエリートたち、リスキリングが革新を生む』(11月24日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』11月29日号に掲載するものです。

リスキリングによって解決できるのはIT人材不足という課題だけではない。一人ひとりの能力を底上げすることは企業や社会が抱える問題の解決を促す。企業は幅広い視点を持ってリスキリングに取り組むことが必要だ。

課題1ジェンダー格差解消
女性の活躍の場が拡大 男女の賃金格差縮小も

<span class="fontBold">佐久間直未さんは育児休暇からの復帰を目指していたが、コロナ禍を受けて断念。現在は育休中に学んだスキルを生かし個人事業主として働く。</span>(写真=竹井 俊晴)
佐久間直未さんは育児休暇からの復帰を目指していたが、コロナ禍を受けて断念。現在は育休中に学んだスキルを生かし個人事業主として働く。(写真=竹井 俊晴)

 「日本型雇用が壊れる中、新しいスキルの習得で新しいキャリアをつかむことができる。結果、男女の賃金格差の解消にもつながるのではないか」。こう話すのはリスキリングに詳しいリクルートワークス研究所の石原直子主幹研究員だ。

 コロナ禍によってとりわけ女性の非正規雇用が多い飲食業やサービス業は大きな打撃を受けた。内閣府が今年4月にまとめた「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会報告書」も、コロナ禍によって「女性の非正規雇用労働者の減少や自殺者数の増加など女性への深刻な影響が明らかに」なったと結論づけている。

 実際、コロナ禍の影響で職を失いながらも、リスキリングによって身に付けたスキルで仕事を続けている人もいる。

 新型コロナウイルスが日本でも広がり始めた2020年3月、育児休暇中だった佐久間直未さんは育児休暇が終わり復職の相談のため東京・東中野にある勤め先を訪ねようとしていた。勤務先は就職活動のイベントや学生の留学支援などを手掛ける家族経営に近い小さな会社だ。佐久間さんは18年12月に出産し、その後、育児休暇を取得していた。

 だが会社に連絡すると、すでにオフィスを引き払ったという。来てほしいと示された場所は、同期が住む1LDKのマンションの一室だった。

 一人暮らし用の部屋には、その場に似つかわしくない複合機とキャビネット、そして会議室用の大型の机が置かれていた。机の向かいには、社長と同期が座っていた。「オフィス代わりに社員の部屋を使うとは」。佐久間さんは会社が置かれている状況を理解した。

 佐久間さんが育児休暇を取得している間に、会社の収益は急速に悪化していた。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、就活イベントは軒並み中止となり、留学に行く人もいなくなって、柱としていた事業は壊滅的な打撃を受けた。復帰を模索していた佐久間さんに対し、社長は「育休から復帰してもどこまで給料を払えるか分からない」と言う。居心地がよい会社だったが、退職しか選択肢はなかった。

 佐久間さんは現在、個人事業主としてウェブデザインの仕事や婚活カウンセラーとして働いている。育休時に身に付けた新たなスキルのおかげだ。

 コロナ前には、就活イベントのウェブサイトの制作に関わることが多かった。その際、ウェブサイトの制作会社とサイトのデザインや機能などについて交渉することもあり、専門知識を身に付ける必要性を感じていた。「育休を取らせてもらったからには、ITスキルを習得することで、何とか会社に還元したいと考えていた」と短期のウェブデザインの講座に通い始めた。

 佐久間さんが利用していたのが、計5回の講座でウェブデザインの基礎を学ぶTimers(東京・渋谷)の提供するサービスだ。同社のサービスの特徴は、自宅まで無料でベビーシッターが来てくれることだ。週に1回の授業の間、親は授業に集中でき、子供はシッターの元で安心して過ごせる。目の離せない子供を抱える親が利用しやすい仕組みだ。これまでに2000人以上が受講している。

 佐久間さんは授業でコーディングの基礎やバナー制作の方法などを学んだという。現在は、ウェブサイトや動画サイトの画像制作などを手掛けている。動画編集など新たな仕事を依頼される場面も増え、動画編集講座の受講も始めた。「会社員だったはずが、思わぬ形で独立することになった。育休の間にデジタルのスキルを身に付けてよかった」と佐久間さんは話す。

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