この記事は日経ビジネス電子版に『「私の目の黒いうちは...」、JALの「お目付け役」に聞く生き残りと再生』(11月4日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』11月8日号に掲載するものです。

拡大路線を取ったANAHDを横目に、JALが進んだ保守的な事業戦略。11年前の経営破綻の経験は今も心に刻みつけられている。コロナ禍では先手先手で「守りながら攻める」一手を打ち続けた。

<span class="fontBold">日本航空  代表取締役専務執行役員<br>菊山英樹(きくやま・ひでき)氏</span><br>1983年日本航空入社。07年に経営企画室部長、10年に執行役員経営企画本部副本部長。13年専務執行役員路線統括本部長。16年取締役、19年取締役専務執行役員財務・経理本部長。20年より代表取締役専務執行役員。米州支社での勤務などグローバル経験も持ちながら、航空会社の保守本流ともいえる部署を統括してきた(写真=的野弘路)
日本航空 代表取締役専務執行役員
菊山英樹(きくやま・ひでき)氏

1983年日本航空入社。07年に経営企画室部長、10年に執行役員経営企画本部副本部長。13年専務執行役員路線統括本部長。16年取締役、19年取締役専務執行役員財務・経理本部長。20年より代表取締役専務執行役員。米州支社での勤務などグローバル経験も持ちながら、航空会社の保守本流ともいえる部署を統括してきた(写真=的野弘路)

破綻後の10年間、リスクを回避しながら、堅実に利益を積み上げつつ、財務規律もしっかり保つことを重視してきました。

 リスクを全く取らないわけではありません。ノーリスクで成長できるのであれば誰も苦労しませんから。でも経営破綻の背景には、過度なボラティリティーに依存した冒険主義的投資がある。それは身をもって思い知らされたことです。

 もちろん他にも至らぬ部分はありましたが、立ち直るチャンスを頂いたのなら、その反省を生かすのは大前提。この10年間のような事業運営になったのは必然的だったのだろうと思います。

破綻後は競争環境を保つため、ドル箱の羽田空港の発着枠の配分などで競合のANAホールディングス(HD)への優遇が続きました。保守的な事業戦略を取らざるを得なかった、という側面もあるように思えます。

 それは事実でしょう。ご存じの通り、「8.10ペーパー(JALの新規路線の開設などを事実上抑制する国土交通省の指針)」はその典型的なものです。指針が示された当時(2012年)は路線の設定などを担当していましたから、余計にフラストレーションは強く感じていました。競争環境を確保して利用者の利便性を高めるという観点から見ればどうなのかと。その結果として、シェア拡大に走りようがなかった部分はある。

 でももしそうした制約がなかったとしても、経営破綻前のような、収益が出るかどうかにかかわらずシェアありきで動くような事業運営は確実にしていないはず。(経営再建時に取り入れた)部門別採算の仕組みではけん制機能が働きますから。拡大路線を走っていたら、コロナ禍のインパクトはもっと大きくなっていたかもしれませんね。

おっしゃる通り、保守的な事業展開を進めてきたからこそ、欧米や国内の同業他社に比べると財務基盤は強固です。

 相対的に間違いなく有利ではあります。でも、コロナ禍でボラティリティーが高まる今、それでも不安に感じる部分はあります。

 ただ、コロナ禍は象徴的ですが、航空ビジネスには(地政学的リスクなど様々な)潜在的なリスクがあります。その上で、成長に必要なリスクをどこまで取るかという判断を適切に下してきたつもりです。

ANAHDはJALの姿を尻目に拡大路線に突き進んだからこそ、財務的に苦しくなっているとの見方もできます。

 でも逆の立場だったら同じことをやっていたかもしれませんから。結果論にすぎませんし、会社それぞれの立場でそれぞれの経営判断があって、覚悟と責任が伴います。とやかく言うつもりはありません。

20年11月には財務体質が比較的良好にもかかわらず、公募増資の実施を発表しました。

 我々が大きな赤字を出し、相当純資産が毀損するというのは分かっていました。困ってからでは打ち手は限られます。その時点でどういう手が打てるのかを早めに市場に対して訴えるべきだと考える中、毀損した純資産を埋め合わせるにはやはりストレートに、公募増資が選択肢のトップに来るべきだろうと考えました。