この記事は日経ビジネス電子版に『防衛産業はつらいよ 海自向け航空機の予算ひっ迫、ほころぶ供給網』(10月12日)、『肩身が狭い防衛部門 救難飛行艇、民間転用で生き残り』(10月13日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』10月25日号に掲載するものです。
日本の国防を支えてきた多くの企業がひっそりと防衛の分野から手を引いている。顧客は限られ、輸出も難しく低収益が常態化していて、継続が難しいからだ。厳しい現実を直視することが、日本の未来のための第一歩だ。

2021年、装備品契約で前代未聞の珍事が起きた。防衛省が水陸両用の救難飛行艇「US-2」の胴体と主翼(外翼)を分けて、それぞれ別の年度に発注したのだ。製造する新明和工業は困惑するが、防衛省は国産装備品を手当てする予算を工面できないという理由だった。一体、防衛産業で今何が起きているのか。

神戸市の湾岸沿いに建つ同社の甲南工場。「『波消し』の部材をこれからも調達できるかどうか」。海上自衛隊への引き渡しを待つUS-2について語る田中克夫常務執行役員の表情はどこか浮かない。波消しは着水時にしぶきの跳ね上がりを抑える部材だが、メーカーの撤退でチタン合金が手に入らなくなっているという。
それだけではない。ランディングギアの金属部材の鍛造を手掛ける住重フォージング(神奈川県横須賀市)が「もうできない」と音を上げた。主翼や水平尾翼などを供給する三菱重工業も「利益が出ない。やめさせていただく」と告げてきた。一定期間供給してもらう約束は取り付けたが、その先は自力でやらざるを得ない。約10年前まで1500社ほどあったサプライヤーの数は100社ほど減った。
原因は、市場価格がほとんどない装備品独特の契約方式だ。防衛省はメーカーに対して材料費など原価を積み上げ、一定の利益を上乗せして発注する。発注時には5~7%の利益率が約束されているが、間接費が十分に盛り込まれないケースが多い。専用治工具は防衛省から手当てされるが、その後の維持管理費はほぼ新明和の負担になる。
5年に1機と発注も少ない。製造期間外の人件費や設備などの固定費が重く、直近の3機は全て赤字だ。「サプライヤーとの価格交渉は厳しく、我々が値上げをのまざるを得ないケースも多い」(田中常務)と嘆く。
元航空自衛隊補給本部長で元空将の吉岡秀之氏は「適正な調達を目指し(15年に)防衛装備庁が発足したが、機能していない。原価の見直しを進めなければ産業として成り立たない」と警鐘を鳴らす。
発言力が低下する防衛担当
ここ数年、企業が防衛事業から撤退する事例が相次いでいる。20年にはダイセルがパイロット緊急脱出装置から、18年にはコマツが軽装甲機動車(LAV)から撤退を表明。「イラク派遣にも使われ海外でも好評だったのに」とある自衛隊OBは驚く。
状況の厳しさは各社の防衛事業のスケールを見れば明白だ。同事業の世界トップ5は米企業が占め、1位のロッキード・マーチンは全事業に占める防衛事業の比率が約9割に上る。民需も多いボーイングを除けば、各社とも6~8割を防衛事業が占めている状況だ。
一方、国内に目を転じると、防衛最大手の三菱重工でも1割程度。「企業の経営に防衛担当役員が入り込めず、環境変化に追随できない」(森本敏・元防衛大臣)。かつては企業に防衛技術や経済安全保障の担当役員が存在した。軍事に手を染めている、とのレピュテーションリスクを懸念する声にも反論できない。近年のコーポレートガバナンス改革により、収益率で「魅力の低い事業」の継続は、より困難だ。
各企業内での立場は弱い一方、日本の防衛産業の裾野は広い。帝国データバンクによれば13年時点で防衛関連の企業数は全国で4500社超だった。例えば、戦闘機や戦車には1000社以上、護衛艦には2000社以上が関わるとされる。
戦闘機の場合、エンジンや機体それぞれの完成品メーカーをトップとして、部品や素材や加工、工作機械メーカーなどでピラミッドを形成する。国内ではミサイルや戦車、砲弾火薬なども製造しており、民需の工場の片隅で人知れずラインを動かしている製品も多い。
収益確保が難しければ当然、防衛産業は弱体化する。ただ、この傾向は今に始まったわけではなく、以前から兆しが出ていた。
「赤字を免れて事業を継続するために工数調整を行うようになった」。20年1月に住友精密工業が公にした資料の一文だ。同社は19年、過去に防衛省との契約で工数を操作し過大請求していた事実が発覚したが、弁護士による特別調査委員会の調査報告書にはこうした工数調整がすでに1960年代に始まっていたとの記載がある。「利益が出ず撤退を考えたものの、諸般の理由でできなかった」
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