この記事は日経ビジネス電子版に『富士フイルムはインドに健診センター、アジアに学ぶ日本のDX』(10月5日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』10月11日号に掲載するものです。

PART3まで見てきたDXを進める上での障壁をいかに打ち破るのか。そのためには、これまで積み上げてきたものを見直すことも必要だ。企業などの取り組みから、変革を加速させるための心構えを考える。

 企業の歴史とともに受け継がれる勘や経験。これらに頼った商習慣から抜け出し、成功した店がある。伊勢神宮近くに位置し、100年超の歴史を持つ「伊勢ゑびや大食堂」だ。

 参拝客をターゲットに、飲食業を100年以上続けてきたが、紙の食券をベースに売れ行きを帳面で管理してきた。客数の見込み、食材の仕入れや従業員のシフト作成も全てが店主の勘頼み。多くの中小飲食店の現状と変わらなかった。

 運営する、ゑびやの小田島春樹社長はソフトバンク出身でデータ分析のスキルを持つ。前社長の娘婿として店を手伝い始め、アナログな店舗管理のデジタル化に着手した。

 カメラを使って店の前を通る人数や、そこから来店する客の数を自動でデータ化し、客層や売れる品目などをデジタル管理して解析。その実績を基に、来客予想やマーケティング効果測定ができるツールを作成し、それを外販する会社も立ち上げた。

 新型コロナウイルスの拡大で飲食店を中心にダメージを受けるが、緊急事態宣言などの外的要因も独自に算出する係数をかけて来店客を予想できる。「的中率は9割を超える」と小田島社長は語る。

 高い確率で来店客数を予想できれば、仕入れで無駄を省き食材ロスが減る。おまけに、従業員のシフトも柔軟に組め、利益率が上昇する。利用頻度が低い客席を潰してお土産などの物販スペースに切り替えることも売り上げアップに貢献した。導入前に比べて売り上げは4倍、利益率は10倍になった。

<span class="fontBold">100年以上の歴史を持つ「伊勢ゑびや大食堂」はデジタル化を進めて売上高は4倍、利益10倍に。勘と経験頼みを脱し、見える化で商機をつかんだ</span>
100年以上の歴史を持つ「伊勢ゑびや大食堂」はデジタル化を進めて売上高は4倍、利益10倍に。勘と経験頼みを脱し、見える化で商機をつかんだ

 ツールによって、これまで年配の観光客が多かったが、地元の若者の利用も増えていることが分かった。若者向けに新たな店舗を出店し、「インスタ映え」しやすくハイカロリーなメニューを開発したところ、来店客の8割が20代になった。「未曽有の危機に勘は役立たない。データを基にした戦略は、意思決定が属人的にならず組織やビジネスの永続にもつながる」と小田島社長は胸を張る。

「チケット手渡し」こそ仕事

 東京・池袋のサンシャイン水族館もDXで新たな知見を得た組織だ。コロナ禍の前は、チケット売り場行きのエレベーターに乗るだけで、1時間以上待つこともあった。

 同水族館や展望台の運営を担うサンシャインエンタプライズの二見武史氏は「多くの来館者を受け入れ、人の手でお客さんにチケットを渡すことが、アミューズメントパークの仕事だと思い込んでいた」と話す。

 だが、その常識はコロナ禍で変わった。入場制限を実施しなければならず、接触を避けるために手売りのチケットでは対応できない。いや応なしにデジタルツールを使わざるを得なくなったのだ。

 そこで導入したのがチケット予約運営のアソビュー(東京・渋谷)が提供するウェブチケットシステムだ。利用者はサイト上から行きたい日時を選び、スマホ決済などで購入する。受け取ったQRコードの画面を当日見せれば入場は完了する。

<span class="fontBold">サンシャイン水族館はウェブ上で日時指定できるチケットの販売を始めた</span>
サンシャイン水族館はウェブ上で日時指定できるチケットの販売を始めた

 導入前は9割が窓口での購入だったが、今では同システムの利用が全体の8割を占める。混雑が緩和され、顧客満足度も1割近くアップした。

 過去の経験はビジネスの上で大きな強みになる。だが、時に経験から得た知見の中には思い込みが含まれることもある。DXには経験則を疑う心構えが求められる。