この記事は日経ビジネス電子版に『「時間を奪う」と悪者扱いの電話、それでも残るからこそのDX』(10月6日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』10月11日号に掲載するものです。

デジタル化以前のビジネスの象徴ともいえるはんこやファクス、電話。DXを阻むものと見なされてきたこれらの「壁」は消えゆく運命なのか。コロナ禍によって変化が加速する「三種の神器」の未来とは。

 コロナ禍でDX推進の旗印となったのが「脱はんこ」だ。押印に代わり、インターネットで契約を締結する「電子契約サービス」の認知度は加速度的に高まった。

<span class="fontBold">コロナ禍で電子契約サービスの導入が広がり、「脱はんこ」は進んだが……</span>(写真=Shutterstock)
コロナ禍で電子契約サービスの導入が広がり、「脱はんこ」は進んだが……(写真=Shutterstock)

 紙の場合、契約書を2部製本して割り印を押し、収入印紙を貼って取引先に送付する作業が必要になる。製本までに時間がかかり、印紙代もかかるが電子化すればそれらを省ける。クラウド上で保管するため、製本した契約書を保管するスペースも不要になる。良いことずくめに見える電子契約サービスだが、利用が広がるにつれて新たな壁の存在も明らかになった。

 再生医療ベンチャーのセルソースは新型コロナウイルスの感染拡大を受けて本格的にテレワークを取り入れるために、ある電子契約サービスを導入した。 同社は2019年の東証マザーズ上場以降、管理すべき契約書の数と1件当たり契約額が急増し、契約書の効率的な管理が急務だった。電子化により契約書の中身を確認するために出社する必要がなくなるとの期待もあった。

 だが、思惑は外れた。導入した電子契約サービスはキーワードで検索できる機能を備えていたが、目当ての契約書になかなかたどり着けなかった。例えば、取引先の社名で検索すると、その企業との契約書が全てヒットする。目的の契約書を探し出すには、PDFファイルの中身をそれぞれ開く必要があった。

 結果、紙と電子の二重管理となり、かえって効率が悪くなってしまった。大西勝二経営管理本部長は、「『DX=電子化』と軽く考えてしまっていた」と振り返る。

サービス連携が不十分

電子契約サービスが「乱立」
●主な電子契約サービスと運営企業
<span class="fontSizeL">電子契約サービスが「乱立」</span><br><span class="fontSizeS">●主な電子契約サービスと運営企業</span>

 電子契約サービスにそびえる壁はまだ存在する。サービス乱立による手間の増加だ。調査会社のアイ・ティ・アール(東京・新宿)の調査によると、20年度の国内電子契約サービス市場は前年度比72.7%増の100億円、21年度は同75%増の176億円と急速に拡大している。成長市場に多くの企業が参入するのは世の常。21年にはマネーフォワードが新規参入し、freeeは電子契約サービスを持つサイトビジットを買収した。その結果、現在30近いサービスが乱立する事態に陥っている。

 国内でシェアが高いとされるのは弁護士ドットコムが展開する「クラウドサイン」やGMO系列が手掛ける「電子印鑑GMOサイン」、そしてグローバルで展開する米ドキュサインや米アドビだ。

 ただ、電子契約は自社だけでは成立しない。取引先にも同じサービスを使ってもらう必要がある。そのため、取引先の企業によって使うサービスが異なれば、その数だけ対応しなければならなくなる。クラウド上の契約書の保管スペースを1つに集約するのも困難になる。弁護士ドットコムの取締役で弁護士の橘大地氏は「今は過渡期で今後は集約されていく」とみる。

<span class="fontBold">電子契約サービスを導入するだけでは、紙の契約書を一掃できるというわけではない</span>
電子契約サービスを導入するだけでは、紙の契約書を一掃できるというわけではない

 1つのサービスだけでなく、複数のリーガルテックを使いこなそうとしているのがネスレ日本だ。同社の法務部は7人と事業規模に比べて少ない。一方で、契約書の作成や管理、社内部署からの法律相談、SNSを使ったキャンペーンでの投稿内容の確認、個人情報保護への対応など業務は多岐にわたり、慢性的な人手不足に陥っていた。

 弁護士で法務部長を務める美馬耕平氏は、リーガルテック業界のプラットフォーマーともいえる存在を探したが見つけられず、複数の事業者のサービスを併用することにした。電子契約サービスはクラウドサインを活用。人工知能(AI)による契約書の自動審査はリーガルフォース(東京・江東)のサービスを使う。電子化した契約書の全文を読み取り、契約社名や契約の開始・終了日、自動更新の有無などの情報を自動で抽出、データベース化する機能も備える。

 ネスレはほかにも契約書の管理・共有サービスとして「Hubble」などを導入済み。さらに効率アップを目指して、各サービスを接続するアプリの自社開発を進めている。

 電子契約サービスが乱立していることもあり、脱はんこといっても容易ではない。弁護士ドットコムは、システム同士を相互につなぐための技術仕様であるAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を連携させるなどして優位性を示そうとしている。サービスを越えた連携は壁を壊す一つの答えになりそうだ。