この記事は日経ビジネス電子版に『創業135年のカクイチがSlackを導入したら課長職が不要になった話』(10月7日)、『総合職をIT人材に、クレディセゾンの育成術』(10月7日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』10月11日号に掲載するものです。
国としてのDXもさることながら企業のDXも喫緊の課題だ。デジタルになじまぬ組織に人材難、コストなど加速しない理由は多い。社内にある障壁を粘り強く取り除くことが変革の第一歩となる。

ガレージやホースなどの製造・販売を手掛けるカクイチ(長野市)の合樹営業部、山口正明氏は名刺には課長と記されているものの、厳密には課長ではない。もともと課長ではあったものの、2019年にカクイチは営業所の課長職を廃止してしまったからだ。現在では対外呼称として残されているにすぎない。
今年、創業135年を迎える老舗企業であるカクイチはもともと銅鉄金物商、問屋業を祖業とし、現在は農家向けの事業を核としながらホテル事業や太陽光発電、次世代移動サービスMaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス、マース)など、幅広い事業を展開している。

事業領域の拡大とともに社内の組織改革、風土改革を推し進めているのが14年に5代目トップとして就任した田中離有社長だ。
「中間管理職はそもそも不要ではないか」。こうした疑問を従来持っていた田中社長が課長職廃止の決断を下す後押しをしたのが、18年のビジネスチャット「Slack(スラック)」の導入だ。

同社は決してデジタルに強い素地を持った企業ではない。社内外でのメインのコミュニケーションツールはファクスと電話で、むしろアナログを地でいっていた企業だったともいえる。
そこに突然、最新のコミュニケーションツールを導入したことで、社内には一時、不協和音が鳴り響くこととなった。
「Slackの導入で経営陣の情報が直に社員隅々まで伝わるため、情報を伝達するだけの立場に優位性がなくなってしまった」。カクイチで人事部を統括している取締役経営統轄本部本部長の宮島宏至氏は導入当時をこう振り返る。
「経営陣の指示が伝わるスピード、現場の情報が上がってくるスピードが2倍ずつ増えて、意思決定が4倍以上速くなった」と田中社長は満足げだ。
その一方で、情報伝達に終始するだけの課長は不要となった。かくしてカクイチはSlack導入から1年たたずして、営業所の課長職を撤廃することになった。
デジタルとともに会社を変える
「降格したみたいで恥ずかしかった」と合樹営業部の山口氏は当時の本音を明かす。しかし、組織の形態をも変えてしまったSlack導入という荒療治を前に、不思議と社内に殺伐とした雰囲気が流れ続けることはなかった。
そこには田中社長の秘策がある。「デジタルだけど温かいツール」(田中社長)と呼ぶ「Unipos(ユニポス)」をSlackより先に導入したためだ。
Powered by リゾーム?