仮想空間に臨場感をもたらすゲームエンジンを活用する企業が相次いでいる。竹中工務店はビルの設計や管理に活用し、デンソーは自動運転関連技術の検証に用いる。移り気な消費者を飽きさせないゲームの「魔力」は、日常生活にも深く浸透し始めた。

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 薄暗い廃虚の中、よけても倒しても次々と襲いかかるゾンビ。時速300kmでスポーツカーを操り、抜きつ抜かれつのレースを展開──。実生活では不可能な体験を味わえるのがゲームの醍醐味だ。精緻なCG(コンピューターグラフィックス)を駆使して仮想空間に臨場感を生み出してきた「ゲームエンジン」が、逆に現実世界を変え始めた。

 竹中工務店などは7月、大阪・天満橋に「コモングラウンド・リビングラボ」をオープンした。コンセプトは「ゲームエンジンの能力を最大限に発揮すること」(情報エンジニアリング本部の粕谷貴司課長)。実はここ、同社の未来を占う「世界初の実験場」(同)なのだ。

 延べ床面積230㎡超の室内に多くのカメラや高性能センサー「LiDAR(ライダー)」を設置し、空調・照明設備の稼働状況なども収集する。こうしたデータを3Dの設計図「BIM」と組み合わせ、リアルタイムで建物の状態を仮想空間に再現する。いわゆる「デジタルツイン」と呼ばれる仕組みだが、汎用的なゲームエンジンを用いて実現するのが竹中の特徴だ。

 例えば人流の分析。プレーヤーの行く手を遮るゾンビをゲーム内に登場させるように、自由に障害物を配置できる。目的地を認識して自動的にマップ上を移動するのも得意技だ。設計段階で使えば、混雑を回避する最適な通路幅や入り口の配置などを検討できる。

 竣工後も活躍する。ゲームエンジン上で照明などを直感的に遠隔制御するのはお手の物。仮想空間上で来訪客の動線などを分析しつつ、最適なテーブルや照明の配置を検討したり、消費電力の削減に向けてシミュレーションしたりできる。「スーパーシティ」構想との連携も容易になる。

 人口減少時代を迎えた日本。建設需要の長期的な減少傾向は目に見えている。ゼネコン各社は建物を「作る」だけでなく、その後の維持・管理・更新までをビジネスにすべく動く。竹中も2030年には建設以外の事業で売上高の約1割を稼ぎ出したい考えだ。その際、ゲームエンジンを使ったデジタルツインは武器になる。建設業界に特化した高価な不動産管理ソフトなどを使わずとも、「圧倒的に安く、早く」(粕谷氏)仮想空間に現実を再現できるためだ。

 ゲームエンジンはもともと、ゲーム会社が自社内での開発を効率化すべく独自に手掛けてきた。ただ、21世紀に入って「アンリアルエンジン」「ユニティ」など優れたゲームエンジンが外販され始めた。ゼロからプログラムを書かずとも、レベルの高いゲーム開発技術を活用できるようになった。

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