
「EVは製造コストが高く、ガソリン車やディーゼル車のように利益を出せない」──。自動車業界の誰もが認めるこの事実は、EVシフトの大きな壁である。現状の販売規模では利益が出にくく、EVが売れるほど利益率が下がる恐れがある。
トヨタ自動車の関係者は、「仮にコストが下がらなければEVの価格は高いまま。規制でEVしか売れなくなった場合に、高級車ばかりの自動車を誰が買うのか」と指摘する。では実際に、EVのコストはエンジン車に比べてどれくらい高いのだろうか。
コンサルティング大手のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)が詳細な試算をしている。2020年時点でガソリン車のパワートレインのコストは、最小で4500ユーロ(約58万5000円)。それに対し、PHVは7500ユーロ、EVは8500ユーロとなっている。
最大の焦点が電池のコストだ。EVのパワートレイン全体のコストに占める電池システムの割合は約8割。その中核である電池セルのうちコバルトやニッケルなどの原材料がコストの75%を占める。現状では電池の原材料コストがEVのコストを押し上げているのだ。
それをどう引き下げていくか。強気の戦略を描くのがVWだ。7月13日の記者会見で、EVとエンジン車のコストと利益率の見通しを説明した。EVは今後、プラットホーム(車台)の共有や電池コストの低減、生産台数の増加、生産効率改善でコストが下がる。一方、エンジン車は需要減少や新排ガス規制対応、増税などによりコストが上がり、利益率が下がるという。
2~3年後に利益率が同等に
VWのアルノ・アントリッツ最高財務責任者(CFO)は、「今後2~3年でEVとガソリン車の利益率は同等になる」と言い切った。開発効率化なども寄与し、現在7~8%の売上高利益率は25年には8~9%に上昇するという。
VWを含む欧州各社は、大別して2つのアプローチでEVのコストダウンを進めている。一つは車台の共通利用による量産効果だ。
VWは大衆車向けに「MEB」、高級車向けに「PPE」というEV専用車台を開発。MEBは傘下のセアトやシュコダなどの量販ブランドも利用し、PPEはアウディとポルシェが活用している。今後、グループ統一の「SSP」という車台をつくり、さらに効率を高める考えだ。米フォード・モーターにもEV車台を提供するなど、スケールメリットを追求する。
他社もグループの強みを最大限に活用する。仏ルノーは日産自動車・三菱自動車とのアライアンスで車台の共同利用を進める。ボルボ・カーは親会社の中国・浙江吉利控股集団と車台開発を分担し、開発リソースを有効活用している。これほど横断的で大規模な車台活用は、エンジン車の時代にはなかったことだ。
2つ目は電池の技術革新や量産によるコストダウンだ。VWは30年までに20年比で電池コストを50%削減すると表明。その内訳について、VW乗用車ブランドのウルブリッヒ技術開発担当取締役は、「素材で20%、セル設計で15%、生産工程で10%、システムコンセプトで5%」と明かす。
ルノーは19年に1キロワット時当たり170ドルだった電池パックのコストを24年に100ドル、30年に80ドル未満まで下げるというロードマップを描く。セルのエネルギー効率を高めたり、モジュール設計を改善したりすることで実現するという。
それでも原材料費が高いという課題は残る。実際、足元では需要が高まり、リチウムやコバルトの価格が上昇している。これに対して、欧州ステランティスは7月、コバルトを使わない電池を24年までに実用化することを発表した。
また、スウェーデンの電池スタートアップであるノースボルトのピーター・カールソン最高経営責任者(CEO)は、「原材料高騰はそこまで心配していない」と話す。需要が高まれば、採掘や生産を増やし、需給のバランスが取れるという見方だ。
もう一つ、重要な観点がリサイクルだ。環境負荷を下げると同時に、原料確保の意味合いもあるからだ。ノースボルトは自社製だけでなく他社製の電池についても回収・リサイクルを進めることで、原材料の使用量を減らし、調達コストの低減をもくろむ。
PwC Strategy&の赤路陽太ディレクターは、「電池のコストダウンには原材料以外にも様々なアプローチがある」と指摘する。現在、アルミニウムなどで囲う電池モジュールを、自動車のフレーム内に収める技術も有望だという。同社は20年に1キロワット時当たり90ユーロの電池セルの価格を、30年には68ユーロまで下げられると予想する。
期待の星が、全固体電池の実用化だ。現状のリチウムイオン電池の電解質に固体を用い、安全性とエネルギー密度を高めることで、航続距離を伸ばせる可能性がある。全固体電池の製造コストを抑えた上で搭載量を減らせれば、周辺機器のコストを削減できる。こうした特性に着目し、トヨタやVW、独BMW、ステランティスなどが実用化を目指しているが、技術的な課題が残されており、実現できるかは未知数だ。
電池がエネルギー事業で稼ぐ
EVのコストダウンにはお手本がある。トヨタのハイブリッド車(HV)「プリウス」だ。1997年に初代が発売されたプリウスは、長い間もうからないと言われ続けてきた。ところがハイブリッドシステムの部品共通化や量産効果でコストを下げ、2009年発売の3世代目以降に利益率が高まり、同社の収益力やブランド力を大いに高めた。
EVも同じ筋書きがあり得るが、最大の違いは電池がコスト削減のボトルネックになる点だ。トヨタは早くからHVで比較的容量の大きな電池を用い、電池のコストダウンの難しさを熟知するからこそ、急速なEVシフトに疑問を持っているようだ。
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