ディーゼル不正で信用と株価がどん底まで落ちたフォルクスワーゲン。外様のディース社長は、VWの旧弊と戦い、EVシフトにすべてをかけた。社内では何が起きていたのか。プライドをかなぐり捨てた等身大の姿を追った。

 7月13日、独フォルクスワーゲン(VW)社長のヘルベルト・ディースは、自信に満ちた表情で記者会見に臨み、電気自動車(EV)シフトと利益率向上の両立について詳細を示した。

 「我々は6年前、2025年までにEVで世界のリーダーになる戦略を描いた。その道を順調に進んでいる」。その力強い語り口は、自身の人事が影響しているだろう。取締役の人事権を握る監査役会が前週、ディースの社長任期を25年10月まで延長すると発表したのだ。「ディース博士は67歳の誕生日まで取締役会議長を務める」とも付け加えた。

 これはディースが進めるEVシフトの信任を意味する。独BMWから15年7月にVWの乗用車ブランドの最高経営責任者(CEO)として招へいされてから、ディースはグループのEVシフトをけん引してきた。18年4月にはVWグループ社長にも就任し、同社史上で最大といわれる改革を進めてきた。

(写真=左:Bloomberg/Getty Images、上:picture alliance/アフロ、右:picture alliance/Getty Images)
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 急激な改革は反発を招く。労働組合が後ろ盾の従業員代表と対立し、20年6月には解任寸前まで追い込まれた。だが20年はEVとプラグインハイブリッド車(PHV)の販売台数を前年比約3倍の42万2000台に伸ばし、大株主であるポルシェ家やピエヒ家の信頼を取り戻し、再び権限を確かなものにした。

 トヨタ自動車や米テスラに電動化で後れを取ったVWがEVでどう巻き返し、世界一を目指しているのか。いばらの道のりは、6年前から始まった。

東京モーターショーでの謝罪

 15年10月の東京モーターショー 。その細身のスーツの男は、額に汗を浮かべながら記者1人ずつの質問を受けていた。VWの展示ブースには記者会見が終わった乗用車ブランドCEOのディースが残り、記者一人ひとりの質問に答え、謝罪を続けていた。「逃げてはいけない」。質問した一人である筆者には、ディースの痛々しいまでの必死さが伝わってきた。

 直前の9月、VWでは経営の根幹を揺るがす不祥事が起きていた。ディーゼル車に排ガス試験中だけ有害物質の排出を抑えるソフトウエアを搭載していたことが、米国で発覚したのだ。

 信用も株価も失墜していたVWにとって急務だったのは、ディーゼル不正で染み付いたダーティーなイメージを払拭することだった。不正発覚の直前に入社したディースは、柔和な物腰でイメージも悪くなかったため、記者会見などで前面に出る機会が増える。

 不正が明らかになったのは米国で、ドイツ政府のメンツも丸潰れだった。基幹産業での組織的な不正はドイツの威信にも関わる。自動車産業が大幅な二酸化炭素(CO2)削減を迫られる中で、ドイツ政府とVWはEVシフトで一蓮托生(いちれんたくしょう)になった。

 とはいえ、VWの行く手には大きな課題がそびえ立っていた。それは主に、「投資余力」「社員やグループ会社の団結」「EVの開発力」「新ジャンルでのマーケティング力」の4つだった。

 16年と17年は財務状況を見ながら、EV投資を段階的に積み上げた。それでも、改革のスピードの遅さに業を煮やした創業家が18年4月、マティアス・ミュラーを社長から解任し、ディースを抜てきする。この時からVWの背水のEVシフトが加速する。

 18年11月には、23年までの5年間でEVなど新技術に440億ユーロ(約5兆7000億円)を投じる計画を発表。ディースは「VWは破壊されるのではなく、破壊する側になる」と強調した。

 この間、VWは幸運にも恵まれる。中国市場が好調だった上、利益率の高い多目的スポーツ車(SUV)の販売が伸びたのだ。キャッシュフローが好転しEVシフトを進める原資を確保すると、毎年のように投資額を上積みしていく。

 ただ、同社にはその時点で、「eゴルフ」や「eアップ!」など既存車種から派生させたEVしかなかった。同社のEVの実力に対し、多くの市場関係者やメディアが疑問のまなざしを向けていた。

 実際、傘下のアウディのEV専用車種「eトロン」は販売が伸び悩んでいた。19年3月に筆者が訪れたブリュッセル工場ではラインがゆっくり流れ、EVシフトの先行きを不安にさせるほど活気がなかった。

 同月のジュネーブモーターショー。「EV時代が来なかった場合のプランBを用意しているのか」と聞かれると、ディースは真剣な表情でこう答えた。「プランBはない」。内心は不安だったのかもしれないが、組織が動揺しないように、ディースは退路を断ってEVシフトに挑む決意を示した。

続きを読む 2/5 メルケルがVW従業員と握手

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