この記事は日経ビジネス電子版に『大谷翔平の特大ホームラン、メジャー全30球場でソニーが追跡』(6月16日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』6月28日号に掲載するものです

プロスポーツのデータ分析から製造現場の遠隔操作、配車アプリ、IoTルアー……。新生ソニーグループが手掛ける事業領域はかつてないほどに広がった。共通するのはオープンな連携姿勢。過度な自前主義を貫く、かつての姿はない。

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大谷翔平選手の打球速度を解析
<div class="bgColShadeB"><span class="fontSizeL">&nbsp;新生SONY 1 <span class="fontSizeXXL">スポーツ</span></div><div class="bgColBlack textColWhite"><span class="fontSizeL">大谷翔平選手の打球速度を解析</span></div>
米大リーグでホームランを量産する、エンゼルスの大谷翔平選手(左、写真は5月17日のもの)。ホークアイのプレー分析サービスを使えば、投手のフォームチェックもリアルタイムでできる(下)(写真=左:Kevork Djansezian/Getty Images、)

 米大リーグ(MLB)エンゼルスの大谷翔平選手は6月8日、ロイヤルズ戦に指名打者として出場し右中間に17号2ランを放った。MLBの「スタットキャスト」によると、本塁打の飛距離は470フィート(約143メートル)。メジャー移籍後の記録を19フィート上回る、自己最長の特大アーチだった。

 スタットキャストはMLBが全30球団に導入する動作解析システムだ。2015年に本格稼働した当初は弾道ミサイルの追尾システムを用いていたが、徐々に性能が向上。20年からは12台の高解像度カメラを設置し、球場全体のボールや選手の動きをミリメートル単位で把握してリアルタイムで解析するようになった。導入したのはソニーグループ傘下、英ホークアイ・イノベーションズのプレー分析サービスだ。

毎秒30コマの映像で解析

 これまでとの違いは、選手の3次元骨格データを把握して毎秒30コマのハイスピード映像で解析する点。投球フォームや打者のスイング、打球の軌道などあらゆるプレーをより精密かつリアルタイムに評価できるようになった。投手が変化球を投げるときの癖や、打者の苦手コースなども丸裸にできる。

 解析したデータはMLBと所属全30球団に提供され、審判技術の評価や選手の育成に使われている。大谷選手が所属するエンゼルスも例外ではない。一部はテレビ中継時に表示されるほか、ファンもMLBの公式サイトなどで実際の数値を確認して楽しめる。ソニーのエレクトロニクス事業会社でスポーツ関連事業を手掛ける宮本佳則氏は「一般の人のデータ感度が高まっている」と分析する。

 ソニーがホークアイを買収したのは11年。今では25種のスポーツで分析技術が取り入れられ、90カ国以上の500を超えるスタジアムにおいて、年間3万以上の試合などで使われている。

 代表例がテニスだ。四大大会の試合中継で目にするライン判定システムもホークアイが開発。判定に不服がある場合に、選手がビデオによる再ジャッジを申し出る「チャレンジシステム」を誕生させた。FIFAワールドカップなど、サッカーのゴール判定にも使われている。

 スポーツ業界に数々のインパクトを与えてきたホークアイが、最近特に注力するのがプレー内容を解析する「パフォーマンストラッキング」という新技術だ。MLBが導入したことで、野球でもデータ革命が本格化している。

 世界的にスポーツテックの市場は拡大中だ。インドの調査会社、マーケッツアンドマーケッツによると同市場は21年から年平均17.5%伸び、26年までに4.4兆円規模に達するという。MLBパドレスのダルビッシュ有選手が変化球の具体的なデータをSNSで公開するなど、一般のファンにも身近になった。大学サッカーやラグビーなどでも活用事例が増えている。

 ホークアイは今後、新たな局面を迎えそうだ。ホークアイ・アジアパシフィックバイスプレジデントの山本太郎氏はソニーグループ内の他事業とコラボさせ、「スポーツエンタメ事業に進出したい」と話す。20年10月にはJリーグの横浜マリノスと提携。ホークアイを核とした映像・データ分析技術と、エンタメ事業で培ったイベント演出ノウハウなどを組み合わせ、スタジアムのスマート化に乗り出すと発表した。

 映像機材に強みを持つ電機メーカーだったソニーは、自社にない独自の技術を持つホークアイを取り込んで、スポーツを巡るデータ解析事業への足がかりを得た。過度な自前主義にこだわらない姿勢は、ソニーの今を映していると言える。

 成長の種を模索するのはスポーツに限らない。工場の製造ラインの改善支援で稼ぐ道も探り始めた。

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