日本が世界に誇る「メイド・イン・ジャパン」ブランドが通用しなくなる──。各国が炭素規制を強化する中、火力依存が続く日本の企業は競争力を失いかねない。再生可能エネルギーをどう確保し、使いこなすか。需要家が立ち上がった。
「Made in Japan」。戦後の日本を先進工業国へと引き上げ、ハイクオリティーを象徴するこの言葉が、逆に、日本の製造業の足かせとなる日が来るかもしれない──。そんな危機的なパラダイムシフトが、世界で既に始まっている。各国で進む二酸化炭素(CO2)排出規制の強化だ。
この脱炭素の波頭が持つ破壊力の大きさを肌身に感じ、日本で最も焦燥感を募らせているのは恐らく、トヨタ自動車の豊田章男社長だろう。
「このままでは、最大で100万人の雇用と、15兆円もの貿易黒字が失われることになりかねない」──。東日本大震災から10年を迎えた3月11日、豊田氏は日本自動車工業会(自工会)会長として記者会見に臨み、そんな衝撃的な試算結果を公表した。
脱炭素に乗り遅れた10年
欧州や中国では、製品のライフサイクル全体で生じるCO2排出量をベースにした「ライフサイクルアセスメント(LCA)」規制の検討が着々と進んでいる。自動車の場合、燃費規制はもちろん、原料の採取から、部品の製造、自動車の生産、廃棄・リサイクルに至るまでが対象となる。
さらに、莫大な社会的コストを投じて脱炭素を推し進める欧州と米バイデン政権は、温暖化対策が不十分な国・地域からの輸入品に実質的な関税をかける「炭素国境調整措置」の導入も検討している。
一方、日本は震災以降、再稼働がままならない原子力発電所に代わり、CO2排出量の多い石炭火力にベースロード(基幹)電源を依存する状態が続く。日本の電源に占める再エネの割合はわずかに約19%で、75%を火力に頼っている。再エネ比率で欧州(30%)や中国(27%)より低く、新政権下で急激な再エネ拡大を推し進める米国(18%)にも並ばれている。
電源を火力に依存している日本では、車体や部品を製造する際、多くのCO2を排出していることになる。「欧州向けのヤリスは、東北の工場からフランスの工場へ生産を移さざるを得なくなるかもしれない」(豊田氏)。2019年、日本から世界に輸出した自動車は482万台。国内生産968万台の半数を占める。これがもしゼロになったら550万人とされる自動車産業の雇用が70万~100万人分減少し、貿易収支が実に15兆円分悪化する(20年度の貿易収支は3兆9047億円の黒字)という。
「『原発さえまた動き出せば巻き返せる』という甘い見通しに立ち、10年前に再エネの主力電源化を本気で目指さなかったツケが今、回ってきている」。エネルギー政策に詳しい識者は奥歯をかむ。「絶対に安全だ」と長年にわたり国や電力事業者が言い立ててきた原発が未曽有の事故を起こし、国民からの信頼は地に落ちた。もちろん基幹電源を、出力が変動しやすい再エネに置き換えていくことは容易ではない。だが、「原発事故を契機に、エネルギー政策のパラダイムシフトを果たしていれば、世界の脱炭素競争における今の日本の立ち位置は変わっていた」(大手首脳)。そう考える財界関係者は少なくない。
国内世論や外圧に背中を押される中、4月22日、菅義偉首相は30年度に日本の温暖化ガス排出量を13年度比で46%削減し、できれば50%減を目指すと国際舞台で表明した。従来目標の同26%減から大幅に引き上げたが、19年度実績は同14%減にとどまる。
手をこまぬいていれば、「脱炭素」という名の“経済戦争”によって日本の自動車産業が壊滅的な敗北を喫しかねない。トヨタは昨年6月、中部電力、豊田通商と、国内の再エネ電源の取得・運営を手掛ける共同出資会社、トヨタグリーンエナジーを設立した。将来的にトヨタグループへの供給を目指す。
だがその間に欧州企業は先を行く(欧州編に関連記事)。独フォルクスワーゲン(VW)傘下のアウディが25年までに全工場をカーボンニュートラル(炭素中立)もしくはカーボンマイナスにすると宣言。5工場のうち2工場は既に達成済みだ。ハンガリーのジェール工場は利用する熱のほぼ全量を地熱で賄う。「再エネの調達をしやすいことが産業誘致の条件になっている」と、コンサルティング会社、アーサー・ディ・リトル・ジャパンの粟生真行マネジャーは話す。エネルギー分野で産業構造の変革を促すEX(エネルギー・トランスフォーメーション)は待ったなしだ。
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