この記事は日経ビジネス電子版に『コストと効率だけでは不十分、SDGsが変える供給網』(6月3日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』6月7日号に掲載するものです。

効率性とコストで最適化するサプライチェーンの前提条件は変わりつつある。SDGs(持続可能な開発目標)など新たな価値観への配慮も必要だ。サプライチェーンリスクにいち早く対応する企業が好機を手にできる。

 2021年4月1日、電池関連産業の業界団体「電池サプライチェーン協議会(BASC)」(東京・中央)が設立された。今なぜ電池のサプライチェーンの団体が立ち上がったのか。同協議会の会長を務める住友金属鉱山の阿部功・電池材料事業本部長は設立の背景を次のように語る。

 「中国がリチウムの国際標準化機構(ISO)の規格策定を主導しようと動き始めた。その議論に乗り遅れないためにも、早急に業界団体をつくる必要があった」

 世界中で加速するEVシフト。中核部品である車載用電池の重要性はますます高まり、国際的なルールメーキングによって優位性を保とうとする動きが顕著になってきている。

 主導権を握りたい中国が繰り出した打ち手の一つが車載用電池の原料であるリチウムのISO規格策定だった。設置を提案した専門委員会は、20年6月に新設された。製品規格や試験方法などが中国に有利にならないよう、日本も議論に参加する必要があるが、国内では車載電池に関する審議団体が存在せず、物申す体制が整っていなかった。

<span class="fontBold">電池サプライチェーン協議会の阿部功会長は電池原料の安定調達を目指す</span>
電池サプライチェーン協議会の阿部功会長は電池原料の安定調達を目指す

 BASCのもう一つの大きな使命は、電池原料の安定調達だ。アフリカのコンゴ民主共和国がコバルトの生産で世界シェアの70%強を占めるなど、電池原料は生産国や加工国の偏りが著しい。国際的な資源争奪戦がますます激しくなっていく中、政策や外交による支援と関連させた調達戦略が不可欠となるため、産業界の声を集めて政府に提言していく必要がある。

 阿部氏は「個社の課題ではなく、産業全体として考えなければならない課題が増えてきた。サプライチェーン全体での連携が重要だ」と話す。BASCには日産自動車やホンダ、旭化成、三菱商事などが加盟。電池を使用する自動車メーカーから材料、部品、商社まで。ライバル関係や業種の枠組みを超えた協力体制を築いている。

<span class="fontBold">コバルトなどレアメタルは電池原料に不可欠。今後も国を挙げた資源争奪戦が続くとみられる</span>(写真=左:Per-Anders Pettersson/Getty Images、背景:SOPA Images/Getty Images)
コバルトなどレアメタルは電池原料に不可欠。今後も国を挙げた資源争奪戦が続くとみられる(写真=左:Per-Anders Pettersson/Getty Images、背景:SOPA Images/Getty Images)
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真の「チャイナプラスワン」

 Part2で見てきたように、サプライチェーンのチョークポイント(戦略的要衝)は至る所に広がり、これまでの前提条件を基にした戦略では通用しない場面が増えてきた。企業にとっては調達から販売までの流れの組み直しが喫緊の課題だ。BASCのように、危機感を持った業界や企業は新しいサプライチェーンの構築へと動き始めている。

 米中対立やコロナ禍により、再び注目が集まるのが「脱中国依存」だ。政府は昨年、「海外サプライチェーン多元化等支援事業」として、東南アジア諸国連合(ASEAN)への生産投資を支援する補助金を出した。採用された企業の一社が、自動車用アンテナの製造大手であるヨコオ。同社は今後、生産拠点を分散させ、現在65%を占めている日本向け製品の中国生産比率を段階的に引き下げていく計画だという。

 賃金上昇や拠点集中による事業継続リスクを避けるため、中国から生産拠点を分散する「チャイナプラスワン」と呼ばれる動きは10年ほど前からあった。タイやベトナムを中心に拠点分散を進めてきた日本企業も多い。

 ヨコオも米国輸出向けの製品に追加関税がかかったことなどを受け、米国向け製品のベトナム生産比率を高めていたところだった。しかし、コロナ禍で中国の部品工場の稼働が停止すると、ベトナム工場での生産に必要な部品の供給も途切れた。真の意味での中国依存からは抜け切れておらず、「サプライチェーンの脆弱さに改めて気づいた」(古見芳郎購買本部長)。

 今後は、部品生産も順次ベトナムへ移管し「現地調達・現地生産」の実現を目指す。これまでは中国やタイに比べて産業集積が薄く、ベトナム国内だけでは供給網の整備が難しいという課題もあった。ただ、ここ数年で潮目は変わっている。

 顕著なのは中国からベトナムへの直接投資の増加だ。15年ごろから中国のベトナムへの直接投資件数は右肩上がりに増加。中国企業も国外へ生産移管を進めており、「世界の工場」の重心は大きく変わろうとしている。

 ヨコオは22年にフィリピン工場を新設し、さらなる拠点の分散を図る。「ベトナムも既に採用が難しくなってきた。人口ピラミッドが富士山形のフィリピンは魅力的」(古見氏)と、チャイナプラスワンのその先を見据える。

<span class="fontBold">自動車のシャークフィンアンテナなどを製造するヨコオは、フィリピンに新たな生産工場を建設する</span>
自動車のシャークフィンアンテナなどを製造するヨコオは、フィリピンに新たな生産工場を建設する

 「これまでヒト・モノ・カネが国境を越えて自由に移動するのが前提だったが、新たな秩序に移行する可能性を想定しなければならない」と、日本精工の野上宰門・最高財務責任者(CFO)は話す。同社は部材調達が不安定になる備えとして、主力製品のベアリングの在庫を以前より厚めに確保し始めた。

<span class="fontBold">日本精工は在庫量や調達ルートを見直している。野上宰門CFOは「新たな秩序を想定する」と話す</span>
日本精工は在庫量や調達ルートを見直している。野上宰門CFOは「新たな秩序を想定する」と話す

 調達面ではコストの優位性だけでなく、複数ルートで調達できるかどうかも重視されるようになる。例えば中国東北部、瀋陽の工場での風力発電機向けベアリング生産では、日本から持ち込んでいた高品質の鋼材をどこまで現地調達に切り替えられるか模索中だ。

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