この記事は日経ビジネス電子版に『習近平が乗るリムジンの頭脳握るルネサス、世界半導体争奪戦の現実』(5月27日)、『日本の「宝」どう守る、世界首位企業が挑む「ムーアの法則」の限界』(5月28日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』6月7日号に掲載するものです。

米中対立の主戦場でもある半導体。その不足が多くの企業に影響を与えている。「産業のコメ」以上に重要になった、この戦略物資をいかに確保するのか。サプライチェーンの危機を乗り越えようとする企業や国の動きを追う。

 2019年10月、中華人民共和国建国から70周年を迎えた同国は北京で軍事パレードを実施した。パレードに先立ち、習近平国家主席は自動車のルーフから上半身を出して、人民解放軍の将兵たちを観閲した。使用された自動車は中国が誇る高級車「紅旗」である。この紅旗の「頭脳」が日本企業製になろうとしている。

 国内半導体大手ルネサスエレクトロニクスは中国国有自動車メーカー、中国第一汽車集団と自動運転プラットフォームの開発を進めている。20年12月に、吉林省長春市に共同研究所を設立したと発表し、自動車全体を操る車載電子制御システム(ECU)を開発している。第1弾の製品は、中国のロールス・ロイスと呼ばれ、習近平国家主席ら中国要人や高級官僚らを乗せる紅旗に使われる予定だ。

 ルネサスは日立製作所、三菱電機、NECの半導体事業が統合して誕生した半導体メーカーで、日本が培った半導体技術や知見を引き継いでいる。半導体を巡る国際覇権争いの中で米国の半導体メーカーと距離を置かざるを得ない中国にとって、ルネサスの高い設計開発力は魅力的に映ったのだろう。ルネサスにとっても、米エヌビディアなど自動運転分野のライバルに対抗する力を付けるために、巨大市場である中国の自動車大手との提携はまたとない好機だ。

「西側を向いてない別の窓を」

 「中国でビジネスを広げたいなら西側諸国には向いていない別の窓を持った方がいいですよ」。米国のトランプ前大統領が中国企業排除の動きを強めていた19年、訪中した当時のルネサス経営幹部は中国政府関係者からこうした「助言」を受け、驚いた。「米中緊張関係はそこまで高まっているのか」

 米国政府が安全保障上の懸念を理由に中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)など中国企業を対象にした輸出規制に動き、中国ではIT機器や自動車の頭脳である半導体の調達リスクが高まった。中国側は、ルネサス本体と中国支社の意思決定を切り分ける仕組みを整えれば、米側の干渉を受けずに調達ルートを築けると考えたのかもしれない。

 結局、ルネサスには中国事業強化のための「渉外担当」がすでにいたことや、経営のリーダーシップを細かく分ければ企業統治が複雑になることもあり、別の窓口をつくる話はそれ以上、具体化しなかった。しかし、ルネサス経営陣には、国際的な市場デカップリングが深刻かつ長引くとの強烈なイメージが植え付けられた。

 ルネサスは中国事業に注力すると同時に、米国の半導体企業を買収するなど米国にも事業基盤を置いている。分断時代に備えた対応は、最重要の経営課題だ。最適解として導き出したのが、研究開発や製品開発の「地域分散・多拠点化」の加速である。

 ルネサスは米国やドイツ、中国だけでなく、東南アジアのベトナムやマレーシアなど重要市場がある地域に開発チームを配置している。第一汽車との共同研究もこうした一環だ。各国の経済安保についての考えを理解しないと、分断時代にどう事業を進めればいいか、複雑なパズルは解けない。

 ルネサスの柴田英利社長兼CEO(最高経営責任者)は「喜ばしいことではないがグローバルマーケットは徐々に分かれていくだろう。非効率は百も承知でリスク分散しなければいけない場合もある」と覚悟し、したたかに生き残りを図る。

ファウンドリー誘致に動く経産省

 「価値観を共有しない国に依存すべきでない」。バイデン米大統領は2月24日、半導体やレアアース、EV用電池、医薬品など世界的に手に入りにくくなった重要物資についてサプライチェーン見直しの大統領令に署名した。その際、バイデン氏は技術覇権でぶつかり合う中国への警戒心をむき出しにした。

 米中衝突をきっかけに国際戦略物資となった半導体の争奪戦が勃発。加えて、デジタル社会の加速とコロナ禍からの自動車市場回復も重なって需要が爆発的に増加した。一方で2000年代に入って進んだ国際水平分業の中、半導体の供給構造はいびつになり、自動車や家電、産業機械向けの半導体が恒常的に不足する事態となった。

 日本の半導体メーカーが、対立する米中のはざまで戦略の見直しを迫られる一方、自動車やIT機器に関連する企業では、いかに半導体を安定的に調達するかが喫緊の課題となっている。トヨタ自動車、ホンダ、米ゼネラル・モーターズなど世界自動車大手の生産が半導体不足で滞っている。半導体工場の火災や事故など供給能力減も追い打ちをかけた。

米中の対立のはざまで生きるルネサスエレクトロニクス。ルネサスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)では今年3月に火災が発生したが、4月には生産を再開した(写真=背景・左下・右下:ルネサスエレクトロニクス)

 経済産業省はキーデバイスの枯渇リスクを放置できないと判断し、新規もしくは増設で半導体量産工場を立ち上げて世界的な受託製造会社(ファウンドリー)に運営を任せたい意向だ。「指をくわえて欧米の動きを見ているわけではない。今回の半導体工場誘致のチャンスを逃したら日本の半導体産業の存在感はさらに低下する」(経産省デバイス・半導体戦略室の刀禰正樹室長)。こうした議論を国の半導体戦略を検討する「半導体・デジタル産業戦略検討会議」で進めている。

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