この記事は日経ビジネス電子版のコラム『日本に埋もれる「化ける技術」』(5月14日~)に掲載した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』5月31日号に掲載するものです。
イノベーションは必ずしもピカピカの人工知能(AI)やデジタル技術だけとは限らない。ものづくりでも、ブラックボックス化できるノウハウがあれば米中とは違う戦い方ができる。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知ることで、日本の針路が見えてくる。




三井化学の名古屋工場(名古屋市)の一角で、従来の常識を覆すプリント回路基板の量産が始まった。手掛けるのは、同社と資本提携するエレファンテック(東京・中央)だ。
「引き算ではなく足し算」。同社の清水信哉社長は世界初の製造技術をこう表現する。基材に銅箔を張り付け、感光材を使って回路部分以外を取り除く一般的なプリント基板の製造では大量の水を利用し、銅の溶液や感光材料が廃棄される。生産地によっては深刻な環境問題を引き起こしており、電子産業の集積地である中国・深圳では基板の新工場建設が規制されているほどだ。
だが、エレファンテックは家庭用プリンターでも使うインクジェット技術で樹脂フィルムに銀ナノインクで回路を印刷する。通常、基板の製造には1m2当たり約1.8m3の水が必要だが、同社では13分の1。使用するエネルギーや廃棄物の量もすべて10分の1以下に抑えられる。20年ほど前に大手メーカーが試行錯誤したが、実現には至らなかった技法だ。
今では5cm角の基板で1時間当たり1000個製造できる能力を持ち、ディスプレーメーカーなど数社が採用。足元では約100社と商談が進んでいる。
同社の製造プロセスの秘密は銅のメッキ加工にある。メッキ加工はコストが安い中国が席巻し日本では枯れた技術になりかけている。廃業する中小企業も多いが、もともと日本のお家芸だ。
エレファンテックでは印刷した銀インクの部分のみ銅を成長させ、膜を作るメッキ加工をしている。銅の膜を作ることで電気抵抗を大幅に下げられるといい、この狙った部分だけメッキ処理することで銅の廃液を10分の1以下に減らすことに成功した。
金属工学と化学を掛け合わせた技術はまさに秘伝のたれで、ブラックボックス化できる。長年、培われてきた特殊なメッキ加工はまねされにくい。まさに温故知新のものづくりが、水資源や環境など社会課題を解決するディープテックに息づいている。
水問題は世界を不安に陥れている。経済協力開発機構(OECD)によると、世界で製造業の水消費は2050年に00年比5倍以上になる見通し。その途上の25年には18億人が水不足になるといわれている。
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