この記事は日経ビジネス電子版のコラム『日本に埋もれる「化ける技術」』(5月14日~)に掲載した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』5月31日号に掲載するものです。

限られた国土に乏しい資源、頻繁な自然災害……。世界有数の「課題先進国」だからこそ、難題を解決しようとするチャレンジャーが生まれる。ESGの潮流も追い風となり、独自技術を地道に磨いてきた新興企業が次々に台頭し始めた。

<span class="fontBold">工場の生成能力は1日当たり2万8800Nm<sup>3</sup>。水素や燃料電池の研究に力を入れる山梨大学にも供給している</span>(写真=廣瀬 貴礼)
工場の生成能力は1日当たり2万8800Nm3。水素や燃料電池の研究に力を入れる山梨大学にも供給している(写真=廣瀬 貴礼)
発電需要も膨らみそうだ
●水素需要と2050年の分野ごとの見通し(パリ協定を順守等するシナリオの場合)
<span class="fontSizeM">発電需要も膨らみそうだ</span><br>●水素需要と2050年の分野ごとの見通し(パリ協定を順守等するシナリオの場合)
注:アンモニア・メタネーションなどを通じた合成燃料を含む
出所:国際エネルギー機関(IEA)
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 日本のエネルギー自給率は約1割。原子力発電所の稼働もままならないまま、再生可能エネルギー由来の電力の比率を上げようとしているが、国土が狭く出力が安定しないなどの問題もある。そこで期待を集めるのが発電時に二酸化炭素(CO2)を出さない水素だ。

 雄大な富士山を望める山梨県富士吉田市。新電力のイーレックスはここで2022年3月にも水素専焼の発電所を稼働する予定だ。実現すれば商業運転としては国内初。発電所の能力は約360キロワットと一般家庭の約100世帯分の使用量に当たる。小さな一歩だが、エネルギー業界に大きなインパクトを与える可能性があるプロジェクトを陰で支えるのが、スタートアップのハイドロゲンテクノロジー(HT、東京・中央)だ。両社は4月、水素の専焼による発電や燃料電池自動車(FCV)への水素供給で事業開発を検討する覚書を締結。大型の発電所の建設も検討する。

 「天然ガスやLPガスに近づける価格水準にしたい」。HTの山本泰弘社長はこう話す。現在、水素ステーションでの販売価格は1Nm3(ノルマルリューベ=気体の標準状態での1m3)当たり100円以上だが、同30円程度に引き下げるのが目標だ。

 HTが取り組む水素生成技術はシンプルだ。黒曜石などを含む「超マフィック岩」と呼ばれる岩石6~7種類を粉々に砕いた触媒と、反応速度を安定させるためにpHを調整した水を反応させることで高い純度の水素を発生できるという。天然ガスなどを改質させるといった従来の手法では改質するのに高圧向け設備が必要だったが、HTでは生成した水素をその場で使う「オンサイト型」で1MPa(メガパスカル)未満の低圧の水素として発電所に送り込む。

 独自の技術は山本社長が以前取り組んでいた「エマルジョン燃料」の開発の“副産物”だ。同燃料は重油や軽油などと水を合わせたもので、環境にも優しいとされる。10年ごろ、山本社長がエマルジョン燃料に加える水の中の水素濃度を高める実験をしていたところ、「薄い蓋が浮き上がるくらい水素が発生した」。当時は片手間で実験した程度。「ここ1~2年で水素が脚光を浴びたことで、この手法を応用できないか考えた」(山本社長)という。

 4月にはフィリピン政府と発電用燃料としての水素研究を進める覚書を結んだ。HTの拠点には大手メーカーや商社、ゼネコンなど多くの企業がコラボレーションを検討しようと訪れているという。

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