この記事は日経ビジネス電子版に『日の丸ワクチン出遅れ、安全保障の視点を欠いた』(4月21日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』4月26日号に掲載するものです。
ワクチン接種が遅れる主因の一つは、国内で開発したワクチンがないことだ。米欧中ロは、国が安全保障の柱と位置づけ、徹底した産業育成をしてきた。日本は国民のワクチンへの不信感もある。政府支援がなければ周回遅れが続く。

「ワクチンの分配が不平等だ」。3月半ば、オーストリアやチェコなど主に東欧6カ国の首脳が欧州連合(EU)のシャルル・ミシェル大統領との電話協議で口々に不満を訴えた。EUでは欧州委員会が製薬会社から一括して新型コロナウイルス用のワクチンを調達し、人口比などで配分している。ところが製薬会社と裏取引をしてワクチンを多く確保している一部の国があると疑い、不満が爆発した。
母国との取引優先を疑う
EUはこの後、加盟国の“怒り”を和らげるかのように、1月に導入した域内からのワクチンの輸出規制の強化に踏み切った。念頭にあったのは英アストラゼネカとされる。同社のEUへのコロナワクチンの供給は今年1~3月、契約による当初予定の3分の1(約1万3000回分)、4~6月も4割弱(約7000万回分)にとどまる見通し(いずれも3月末時点)。欧州委員会は同社がEU内で生産したワクチンを契約を果たす前に母国の英国へ供給しているとみられる状況に対応して規制強化に踏み切った。
結果としてEU内諸国の人口100人当たり累計接種回数(4月19日更新)では独仏伊が24.8~25.7回。不満をぶちまけたオーストリアはそれより多い27.7回となった。だが、アストラゼネカを擁する英国の64.1回に比べれば半分以下にとどまる。独仏伊は、世界の接種回数で30位台、英国は7位だ。プロローグで指摘したように日本は1.5回で100位にも入っていない。
世界各国は今、新型コロナの感染拡大にあえぐ裏側で激しいワクチン獲得競争を繰り広げている。対象になるのは、日本にも供給している米国のファイザーやモデルナと英アストラゼネカ。そして米ジョンソン・エンド・ジョンソンや米ノババックス、仏サノフィなどだ。ほとんどが多国籍企業で、自国外で生産するワクチンについて現地国との間で取り合いになっている。
中国やロシアも自国産ワクチンをアジアや南米、アフリカの新興国を中心に供給し、影響力を強めようとするワクチン外交を繰り広げる。これを見た米国は「我々は世界規模で難局に対処する必要がある」(アントニー・ブリンケン国務長官)と中ロへの対抗心をあらわにしている。
日本は、プロローグで見たようにファイザーやモデルナ、アストラゼネカのワクチン供給を確実にしようとひたすら働きかける側にある。そして、接種が主要国の中で大きく遅れているもう一つの原因は、日本製ワクチンがないことだ。
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