この記事は日経ビジネス電子版に『ドラッカーより京都300年の知恵 情報発信をしないという選択』(4月5日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』4月12日号に掲載するものです。

今の社会で炎上リスクを回避するには、情報発信に際し入念な注意を払う必要がある。より安全な戦略と考えられるのは、いっそ不特定多数への情報発信を見直すことだ。京都流「一見(いちげん)さんお断り」システムはそんな戦略を実践するうえでヒントになる。

<span class="fontBold">経営学の父、ピーター・ドラッカーは「企業の目的は新たな顧客の創造である」と説いたが……</span>(写真=左:京都新聞社/共同通信イメージズ、右:Claremont Graduate University/AP/アフロ)
経営学の父、ピーター・ドラッカーは「企業の目的は新たな顧客の創造である」と説いたが……(写真=左:京都新聞社/共同通信イメージズ、右:Claremont Graduate University/AP/アフロ)

 「企業による情報発信が本当に難しい時代になってきた」。湘南ストーリーブランディング研究所(神奈川県藤沢市)代表でコピーライターの川上徹也氏はこう話す。川上氏が身を置く広告業界では今、表現の問題を巡って頭を抱える同業者が少なくないという。これまでの常識なら称賛されたであろう「いい広告」ほど、炎上するリスクを抱える場合があるからだ。

 広告に必要なのは、多くの人を引き付ける訴求力。それを高める上で、とりわけ今の日本のような高齢化社会において有効なのが例えば「懐かしさ」の演出だ。しかし「故郷の風景」や「父母や祖父母との思い出」といった過去の描写には、現代では問題視される「当時の常識」が映り込む危険性がある。

エプロンは“危険なアイテム”?

 都内在住のCMプランナーは、娘と母の交流を描く際、母親役の女性をエプロン姿にしようとしたところ、クライアント企業からNGが出た。「エプロンが、『家事をするのは女性の役割』というジェンダーバイアスを助長するアイテム、との発想自体が自分の中になかった」と振り返る。

 「訴える対象の絞り込み」も訴求力を高める手法の一つだ。だが日用品メーカーが、例えば、肌荒れしにくいキッチン用洗剤の広告で「女性にやさしい」「ママにやさしい」などと打ち出せばどうなるか。「家事従事者=女性」と限定している印象を抱かせるとして、これまでならともかく今後は“審議の対象”になりかねない。

 対策の一つは、伝えたい内容を維持したまま言葉を変えることだが、これも難しい。「おふくろの味」を「実家の味」に、「女性にやさしい」を「家事従事者にやさしい」にすると宣伝としての印象は相当異なってしまう。

 定番の広告用語の中には、より“安全なフレーズ”もある。例えば「こだわり」だ。「こだわりの製法」「こだわりの味」「こだわりの品ぞろえ」──。多くの企業が愛用するこの無難なフレーズは、自社の商品やサービスの伝統をアピールしているだけで、人権・男女平等・コンプライアンスなどの観点から取り沙汰される可能性は限りなく低い。

 だが、湘南ストーリーブランディング研究所の川上氏は「『こだわり』をはじめとする、『まごころをこめた』『厳選した』といった決まり文句では、人の心を十分に動かすことは難しく、広告としての価値があまりなくなってしまう」と指摘する。

 広告だけとってもかくも難しい時代。企業は今後、情報発信にどう向き合うべきなのか。対策は主に3つある。まずは正攻法で、これまでになく細心の注意を払って情報発信することだ。

 国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授は、SNS(交流サイト)で問題視される企業の情報発信は無限にあるわけではなく、次の3つに大別できると指摘する。

  1. 何かの事象・特定の人物を批判している情報発信
  2. 衛生管理の不備など明らかに社会的批判に値する情報発信
  3. ジェンダー系の話題など特定の層を不快にさせる可能性のある情報発信

 まずはここを頭にたたき込んだうえで、「ネットコミュニティーの規範を学ぶ」「情報発信の際は複数でチェックする」「幹部も含め全社員を対象に表現に関する研修を実施する」といった対策を実施すれば、企業が炎上事件に巻き込まれる確率は下がると山口氏は解説する。

企業は情報発信にどう向き合うべきか
<span class="fontSizeL">企業は情報発信にどう向き合うべきか</span>
情報発信の前と後に、企業が炎上対策としてできることはいくつかある(写真=左:アフロ、右:btrenkel/Getty Images)
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