この記事は日経ビジネス電子版に『「えっ、なんで!?」ファミマ“お母さん食堂騒動”に戸惑う昭和世代』(3月29日)として配信した記事などを再編集して雑誌『日経ビジネス』4月12日号に掲載するものです。

社会の変化により、消費者が「不謹慎と感じること」の範囲が急速に広がっている。昭和の時代なら称賛されたはずの宣伝文句が、問題と見なされるケースすら少なくない。先進企業の間では時代に合わせ長年続けたサービスの中身を見直す動きも広がっている。

 全国に1万6000店舗以上を構え、コンビニエンスストア業界でセブン-イレブン・ジャパンに次ぐ規模を持つファミリーマート。その食品コーナーに、同社のプライベート総菜ブランド「お母さん食堂」が登場したのは2017年9月のことだ。

 単身世帯の増加などを背景に10兆円まで拡大した国内中食市場。そんな成長分野を攻略するために開発された戦略商品だ。「調理の手間を省きたい」「必要な分だけ欲しい」という消費者の要望に応え、夕飯にそのまま出せる食べきりサイズの総菜を豊富にラインアップ。それまで湯煎のみに対応していたシチューやハンバーグなどを電子レンジで加熱できるようにもした。

 「小さいころ、お母さんが作ってくれたような自然で、温かみがあって、おいしいお総菜であること」「仕事と子育ての両立で忙しいお母さんたちが、子供や家族みんなに安心して食べさせられる食事であること」──。こうした思いを込めて付けられたのが「お母さん食堂」というブランド名だ。おいしさや利便性のみならず、多くの人の郷愁を誘うネーミングにも心を引かれ、発売以来約3年、同シリーズを愛用してきたファミマファンもいるに違いない。

 それだけに20年暮れ、「お母さん食堂」という商品名の是非を巡ってネットで論争が突然起きたとき、何が起きたのか戸惑った人もいたのではないだろうか。

<span class="fontBold">ファミリーマートではプライベート総菜ブランド「お母さん食堂」の表現を巡って炎上した</span>
ファミリーマートではプライベート総菜ブランド「お母さん食堂」の表現を巡って炎上した

「ジェンダーバイアス」を助長?

 論争のきっかけとなったのは3人の高校生だ。ガールスカウト日本連盟が主催した男女平等に関するプログラムに参加した3人は、ファミマの店に掲げられている「お母さん食堂」という看板を見て、「このままでは『お母さんが食事を作るのが当たり前』という意識を社会に植え付けてしまう」と感じた。

<span class="fontBold">「お母さん食堂」というネーミングに疑問を持った3人の高校生は署名サイトを通じ、名称の変更を呼びかけた</span>
「お母さん食堂」というネーミングに疑問を持った3人の高校生は署名サイトを通じ、名称の変更を呼びかけた

 要は、「お母さん食堂」という商品名は、「男は外で働き妻子を食べさせる」「女は家事をこなし子供を育てる」といった、男女の役割に関する固定的な観念「ジェンダーバイアス」にとらわれた表現であり、かつそうした風潮を助長しかねないブランド名である、と受け止めたわけだ。その後、3人は同連盟の協力の下、「商品名が社会に与える影響を企業にも知ってもらい、ジェンダー問題をなくしていきたい」と、ファミマに対しブランド名の変更を求める署名活動を開始した。

 するとこれにネット世論の一部が「言葉狩りではないか」などと反発。「女性のみが参加できるガールスカウトこそジェンダー差別ではないのか」「『お父さん食堂』も商品化すればよいのか」といった書き込みがあふれ、架空アカウントを作って3人の高校生に代わってファミマへの抗議活動を面白おかしく呼びかける者も出現した。

 状況を鑑みた同連盟は12月28日、署名活動について「社会にあふれる『ジェンダー平等の実現』を阻む要因について、より自分や自分の身の回りの人々に関係のあることとして意識し、考える機会」とするための行動とし、「特定の会社あるいは商品名だけに対する問題提起を目的とするものではない」と表明した。

 結局、署名活動は7000以上の賛同を集めた後、20年内で終了した。同連盟は「活動を進めている当該高校生らの考え、心情などにも配慮して対応していく」と本誌に説明。署名活動の終了後はファミマへの働きかけなど具体的な行動には至っていないようだ。

 一方、ファミマからは、一連の騒動に関する本誌の質問についてはいずれも「回答を差し控えさせていただきます」との返事が届いた。ただ、「お母さん食堂」シリーズの販売自体はコロナ禍での「内食」需要の高まりなどを背景に堅調のようで、今のところは名称変更などの動きも見られない。

簡単には消えない「騒動の記録」

 こうしてみると、今では沈静化したかに見える“お母さん食堂騒動”。だが、影響が100%消え去ったかというと、そうとは言い切れない。ネット上にまだ、「騒動の記録」が残っているからだ。

 いったんネット上で公開された書き込みなどが拡散されてしまうと簡単に削除できないのはご存じの通り。“お母さん食堂騒動”の論争も例外ではなく、ネーミングに関する賛否を巡っての論争や、一連の騒動をちゃかした発言などは残ったままだ。

 「お母さん食堂」を検索しようとすると、「炎上」「署名」といった関連ワードがセットで上位に表示される「サジェスト汚染」も続いている(3月23日時点、編集部のパソコン環境)。

<span class="fontBold">署名活動に対し、ネット上で賛否両論が飛び交う炎上が起きた結果、「サジェスト汚染」が発生した</span>
署名活動に対し、ネット上で賛否両論が飛び交う炎上が起きた結果、「サジェスト汚染」が発生した
[画像のクリックで拡大表示]