この記事は日経ビジネス電子版に『長崎の星、体操・内村選手支援打ち切り リンガーハット苦渋の選択』(3月16日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』3月29日号に掲載するものです
ステークホルダーを重視する「三方よし」の経営に、容赦なく襲いかかったコロナ禍。事業継続や地域貢献活動を断念せざるを得なくなるなど、経営者にとっては悩ましい局面だ。一方、社員や顧客、地域が結束すれば、苦難を乗り越え新たな価値を生み出せる。

「閉店は仕方ないと思う半面、やはり寂しい。1つの時代が終わった感じ」
新型コロナウイルスによる外出自粛の影響を受け、2020年8月に閉店した福島市の老舗百貨店「中合」についてこう残念がるのは地元の商工関係者だ。今でも閉店を惜しむ声がやまないのは、我が街に百貨店がなくなるというだけではない重みがあるからだろう。
「売り手によし」「買い手によし」「世間によし」の「三方よし」。中合は、その原典となる文書の一つを残したとされる江戸中期の近江商人、中村治兵衛に由来する百貨店だった。
「自分の利益ばかりを思わず、皆(お客さま)が良いようにと思い、高利を望まず(略)ただひたすらにその行く先の人を大切に思わなければならない」
中村治兵衛が1754年に記した遺言のこの一文が三方よしの原典の書ともいわれる。このとき、治兵衛は未来永劫(えいごう)の事業継続と社会発展を強く願ったに違いない。それから260年余り。その願いはついえた。
2020年、外食などを中心とした企業は業績が軒並み悪化し、コロナ禍の逆風にさらされた。財務省の法人企業統計調査によると、全産業の20年の売上高は1~3月が約344兆円で前年同期比7.5%減となり、それ以降、4~6月が同比17.7%減、7~9月が11.5%減、10~12月が4.5%減と軒並み下落。外出自粛の影響が直撃した外食・宿泊業は深刻で、政府の緊急事態宣言が発令された時期と重なる4~6月は新型コロナ前の水準から約半減し、存続の危機に見舞われる企業が相次いだ。
格差や富の偏在が顕在化したコロナ禍の前から、世界では金融立国である英国、世界一の金融市場がある米国における株主第一主義的な資本主義の在り方を問い直す動きが広がっていた。
19年、米主要企業経営者が集うビジネス・ラウンドテーブルでは従業員、地域社会、株主などすべてのステークホルダー(利害関係者)に配慮するという声明文を出した。20年1月の世界経済フォーラム(ダボス会議)でも、従業員や取引先を重視する「ステークホルダー資本主義」へ移行すべきだとの議論が起きた。
そんな中、日本ではそもそも「三方よし」の考えが浸透している企業も多く、ESG(環境・社会・企業統治)やSDGs(持続可能な開発目標)の広がりも踏まえ、日本式の企業経営を再評価する動きも出てきた。「世界が日本古来の三方よしに傾いてきた」との見方もある。
そんな内外にやさしい「三方よし」経営を実践してきた企業の経営に新型コロナが襲いかかった。社会貢献の継続か、打ち切りか──。多くの経営者は業績悪化に直面し、ギリギリの決断を迫られている。
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