巨大な資本を背景に、宇宙の技術開発で激烈な競争を繰り広げる米中両大国。日本は宇宙機器産業の9割を官需に依存するピラミッド構造が革新を阻んでいる。しかし今、異業種や新興勢が動き出した。多様性を育めば世界と戦える。

 「地球のあらゆる場所でトヨタ車は走っている。宇宙でも車を走らせて、人の移動に貢献したい」。2月21日、都内の科学館で開かれた講演会で、トヨタ自動車の佐藤孝夫月面探査車開発プロジェクト長は訴えた。

 トヨタは宇宙航空研究開発機構(JAXA)などと協力し、月にどんな資源があるかを調査する有人月面探査車「ルナ・クルーザー」の開発を進めている。2030年代の探査実施を目標に、29年の打ち上げを目指す。

トヨタは月で技術革新を起こす
●月面探査の仕組み
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トヨタ自動車とJAXAなどが開発する月面探査車は燃料電池を積んで水素で走る
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過酷な月面で技術を磨く

 真空である月面の有人探査は過酷だ。風が吹かないため地表はとがった岩石や砂で覆われ、地球の何百倍もの宇宙放射線が降り注ぐ。昼は120度、夜はマイナス170度と気温差が激しい。重力も地球の6分の1。この環境下で、1回の探査につき42日間、トータル1万kmを走破しなければならない。宇宙飛行士の居住性を確保するため車体の大きさはマイクロバス2台分に相当する。

 なぜトヨタは収益化が見通しづらい月を目指すのか。「過酷な月で技術を磨けば、地球をより良くすることにつながる」と佐藤氏は話す。

 ルナ・クルーザーはトヨタの燃料電池車「MIRAI」と同じく、水素と酸素を反応させて電気を生み出し、水を排出する。1回の充塡で1000kmを走行し、発電で生成した水は宇宙飛行士の飲料水に使うこともできる。

 月で水資源を見つけられれば、宇宙での暮らしに役立てることができる。水を太陽光発電でつくった電気で分解し、酸素と水素にして気体でタンクに蓄える。酸素は呼吸に使え、水素と反応させて発電すれば生活設備の動力になる。

 発電で出た水も生活用水にするほか、再び電気分解に使うなど循環利用する。地球で目指す「水素社会」のひな型が、宇宙で実現できる可能性がある。

 技術力を押し出したトヨタのアプローチとは対照的に、「宇宙を解放する」と銘打ち、エンターテインメントに乗り出すのがソニーだ。東京大学と開発した4Kカメラ搭載の小型人工衛星を打ち上げ、22年のサービス化を目指す。ユーザーはスマートフォンを通じて衛星に指示を出し、地球や宇宙の姿を思うままに撮影する。静止画だけでなく、ライブ配信も想定している。

ソニーは小型人工衛星を使った宇宙エンタメサービスを開発中だ
●ソニーが想定するサービスの仕組み
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人工衛星から自分好みの写真が撮影できる(写真はISSから撮影したナイル川流域)(写真=JAXA/NASA)
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 宇宙から地球を撮影した画像は珍しいものではなく、今回の衛星が革新的な技術というわけではない。それでもソニーが知見に乏しい宇宙へ飛び出すのは、自分で衛星を「動かす」ことで、宇宙飛行士が独占してきた「宇宙から地球を眺める」という体験に近づき、人の感性が刺激されるのではないかという期待がある。

 教育、アート、テーマパークなど様々な分野で活用できるとみて、クリエーターや企業パートナーを募っている。宇宙エンタテインメント準備室の中西吉洋氏は、「『ソニーがやるなら』と、宇宙を身近に感じた企業や個人が協力してくれている」と語る。

2つのゲームチェンジ

 日本でこれまで宇宙と縁遠いと思われていた異業種企業の参入が相次いでいる。従来は三菱重工業やNEC、三菱電機など宇宙事業のプレーヤーは限定されていたが、世界で起きた2つのゲームチェンジが影響を及ぼした。

 一つはPART2で紹介した米国で先行する「官から民」への担い手の変化だ。1990年、米航空宇宙局(NASA)は打ち上げ調達を原則として民間からの競争入札に移行。2011年にはスペースシャトルの開発を中止して民間委託を加速した。この流れを受け、勃興するスタートアップにNASAや米ボーイングなどで宇宙産業を担ってきた人材が流入した。資金面でもイーロン・マスク氏らビリオネアが活躍するだけでなく、宇宙専門チームを立ち上げたベンチャーキャピタル、SPAC(特別買収目的会社)が支え、一気に宇宙スタートアップ時代を到来させた。宇宙機器産業のうち米国は民需が4割と育っており、日本の官需9割とは対照的だ。

 もう一つが技術変革だ。従来は大型衛星を地球から約3万6000kmの静止軌道に打ち上げていたが、主に2000km以下の低軌道に多数の小型衛星を打ち上げて連携させる「コンステレーション(星団)」が登場。打ち上げや衛星製造のコストが下がり、衛星から得られるデータ量も増えたことで、宇宙を舞台にした新たなサービスを実証しようというスタートアップが挑戦しやすくなった。さらに宇宙光通信や量子暗号、AI(人工知能)など先進技術の発展が、新たな宇宙関連サービス構想の誕生に拍車をかけている。