「仕事と戯れよ」「終始一誠意」「産業魂」。並外れた異能異才が紡いだ言葉が、時代を超えて現役経営者の胸で響く。経済環境や会社の仕組みが変わっても、ブレない経営方針の糧となっている。

 「執念なき者に発明はない」「考えて、考えて、(血尿が出るぐらい)考え抜け」。令和のこのご時世、“普通の会社”の幹部が日々こんな発言をしていたら、「パワハラだ」「ブラック企業だ」などと世間からたたかれてしまうかもしれない。

 けれども、この会社ではそうはならない。安藤百福(ももふく)氏が創業した日清食品ホールディングス(HD)。ファウンダーの教えにのっとり、常に執念を持って考え抜く姿勢こそが成長と成功に導く。今の経営陣をはじめ皆、本気でこう考えているからだ。

気軽に「戯れ」と呼べない人生

日清食品ホールディングス
安藤百福氏が開発した「カップヌードル」は世界初のカップ麺となった。2021年で発売から50周年となる

 「仕事を“戯れ化”せよ」。百福氏が残した言葉の多くは、仕事への向き合い方に関するものだ。戯れ化とは、我を忘れるほど仕事に励め、さすれば疲れることすら忘れる。そんな意味が込められている。

 もっとも、NHKの連続テレビ小説「まんぷく」のモデルにもなった百福氏の人生は、常人では軽々に「戯れ」とは表現できないほど、激動、波乱の要素に満ちている。

 台北でのメリヤス販売に始まり、大阪などでの軍用機のエンジン部品、不動産、製塩、漁業と、身内ですら百福氏がいったいいくつの事業を手掛けてきたのかすぐには数えきれない。

 百福氏に襲いかかった憂き目も枚挙にいとまがない。脱税の容疑をかけられGHQ(連合国軍総司令部)に投獄された、理事長を務めていた信用組合が破綻し無一文になったなどだ。百福氏は戦後の闇市のラーメンの屋台に並んだ人々の姿を見て、今で言うインスタントラーメンをつくろうと決意。大阪・池田の自宅の裏庭に小屋を建て、開発に身をささげた人生のアウトラインは、その深さは別にして、多くの人が知るところだろう。

売上収益は約2500倍に
●日清食品ホールディングス連結業績
注:業績は国際会計基準に基づく21年3月期見通し、カッコ内は1960年3月期の単体の売上高、純利益

 日清食品HDの安藤宏基社長・CEO(最高経営責任者)は、百福氏の次男で、父の背中とまさに「麺にとりつかれた人生」を幼少期から間近で見てきた一人だ。ただ宏基氏であっても、会社を託された後、「戯れ」の真意を社員に理解させ、具体的に事業を進めていくにはだいぶ時間を要したと明かす。

 百福氏が「例の小屋」に朝から晩までこもり、天ぷらからひらめき「瞬間油熱乾燥法」を開発、ようやく初期の「チキンラーメン」を完成させたのは、1958年のこと。宏基氏は、麺くずの山に囲まれながら、挑み続ける父をそばで見続けていた。子ども心ながら、「鬼気迫る様相とはこのことか」と感じたという。

 新しい商品の製造はもちろん家族総出だった。「おーい、手伝え」。百福氏に呼ばれた宏基少年に与えられたミッションは、「油で揚げたラーメンをセロハンの袋に入れて箱詰めし、段ボール箱に百福氏が筆で書いた『EXPORT』『MADE IN JAPAN』の文字を転写する」というものだった。

続きを読む 2/7 父は「スッポン」、私は「モグラ」

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この記事はシリーズ「日清食品、ファナック、YKK…… 危機を越えるファウンダーの教え」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。