「賭け」体質が残った東芝

 フラッシュメモリーの貢献も東芝の戦略を後押しした。10年3月期にメモリーの需要増と価格安定などで営業利益が黒字に転換すると、次の1年もフラッシュメモリーの需要拡⼤が追い風となってV字回復を果たした。「強い専門企業」が会社を危機から救ったわけだ。大胆な投資という「賭け」を好む東芝の体質は変わらずに残った。

 この時期に東芝内部で横行するようになったのが不正会計だ。「チャレンジ」と称する業績目標達成のために複数の部門が不正会計に手を染めていた。西室氏や西田氏、佐々木氏らの強烈なリーダーシップが続いた東芝では、トップが掲げた目標を必ず達成しなければならないという強烈なプレッシャーがまん延していた。

 そんな東芝が転落するきっかけとなったのが東日本大震災だった。福島第1原子力発電所の事故で、原発輸出で成長する構想に暗雲が立ちこめた。それでも東芝は、WHの買収で抱えた巨額の「のれん」から目を背け、何とかして損失を避ける道を探った。15年にはWHが原発建設会社の米CB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)をゼロ円で買収。取締役会で「タダより高いものはない」という指摘があったにもかかわらず、巨額損失の火種を抱えてしまった。

<span class="fontBold">東芝が買収したウエスチングハウスが建設中の米ボーグル原発(13年3月)</span>(写真=共同通信)
東芝が買収したウエスチングハウスが建設中の米ボーグル原発(13年3月)(写真=共同通信)

 強い事業に集中的に投資する判断が間違っていたわけではない。高い業績目標に対する指示にノーと言えず、過去の決断が間違っていたと認められない上意下達の社風。閉鎖的で透明性を欠く組織。高リスクな事業に集中してリスクの分散ができなかった経営。こうした要因が複合的に組み合わさって起こったのが東芝の経営危機だった。

 その過程で新たな事業の芽が出にくくなっていたことも東芝の再生を難しくした。東芝は重電も軽電も関係なく研究所で世界レベルの研究に取り組み、ボトムアップで新たな事業を生み出していく会社だった。ところがトップダウンの意思決定が強くなり、「現場から出たアイデアよりも経営トップの肝煎りプロジェクトが優先されていた」と現役の東芝幹部は当時を振り返る。

 東芝は17年3月期に日立を上回る製造業最大の最終赤字を計上。成長の柱として期待していたメディカル事業に加え、フラッシュメモリー事業の売却も決めた。自ら事業を取捨選択する余地はなく、追い求めた「強い専門企業」を手放すしか生き残る道はなかった。

リーマン・ショック後に分かれた明暗
高リスクの事業への集中が分岐点
●日立と東芝の最終損益の推移と主な出来事
<span class="fontSizeM">リーマン・ショック後に分かれた明暗<br />高リスクの事業への集中が分岐点<br /><small>●日立と東芝の最終損益の推移と主な出来事</small></span>
(写真=日立:Rodrigo Reyes Marin/アフロ、東芝:つのだよしお/アフロ)
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注:歴代社長の日立・東原氏と東芝・車谷氏はCEO就任期間<br />出所:最終損益はQUICK・ファクトセットなど。2021年3月期は会社予想。東芝の21年<span class="fontBold"></span>3月期は持ち分法適用会社であるキオクシアHDの上期業績のみを反映した予想<br />(写真=日立:Rodrigo Reyes Marin/アフロ、東芝:つのだよしお/アフロ)
注:歴代社長の日立・東原氏と東芝・車谷氏はCEO就任期間
出所:最終損益はQUICK・ファクトセットなど。2021年3月期は会社予想。東芝の21年3月期は持ち分法適用会社であるキオクシアHDの上期業績のみを反映した予想
(写真=日立:Rodrigo Reyes Marin/アフロ、東芝:つのだよしお/アフロ)
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 振り返ってみれば、日立と東芝の歴史を分けたのは、自己否定ができるかどうかだった。一時は社長候補とされながら子会社に転じた川村氏を呼び戻した日立と、西田氏の積極投資という路線を引き継ぐ人材を置き続けた東芝。トップ人事が象徴するように、過去の誤りを認めて軌道修正できるかどうかに違いがあった。

 それは、人と会社の関係と表裏一体だ。日立の経営陣が会社の目的に立ち返って経営したのに対し、東芝の経営陣は自身の功名心のために会社を動かしたのではなかったか。その結果、東芝は出直しを迫られ、社外からトップを招いて改革することになった。

 いずれにせよ日立と東芝の「総合電機」という看板は掛け替えが進む。では、どんな方向に進もうとしているのか。両社のトップに聞いてみよう

日経ビジネス2020年12月14日号 28~31ページより

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