崩れゆく地方と地方経済を食い止める方法は、もうないのだろうか。おぼろげでも将来の人口減を見据えて動き始めたところもある。街のインフラを巡って、彼らが選択した道は「造らない」「更新しない」だ。

 1956年の調査開始以来、初のマイナス──。日本を代表する企業、トヨタ自動車が本社を構える愛知県で、今年10月1日時点の人口が前年比で1万2000人近く減った。県内では豊田市の減少人数が最も大きく、コロナ禍で製造業を支える外国人労働者の転入が減った。解雇などの憂き目に遭い、愛知を去った人もいる。人口減や高齢化にコロナ禍という経済危機が加わると、あっという間に追い風は逆風へと変わる。私たちがいかにもろく、不安定な土俵の上に日々立っているかが分かる。

「派手な改革などいらない」

 ここまで、幾重にも重なった「想定外の危機」に直面し、立ちすくむ地方各地の姿を見てきた。だが万策尽きたわけではないし、誰も住まない、何も生み出さない街が相次ぐことを喜ぶ人などいないはずだ。政策研究大学院大学名誉教授の松谷明彦氏は「立派な建物ばかりを追い、喜ぶ。そんな政策からの転換が不可欠で、派手な改革はいらない」。今こそ地方には地に足着いた現状分析と予測、行動が必要だと説く。

 コロナ禍の急激な人口減まで予測していたわけではないが、豊田市は「街をこれ以上広げないこと」を念頭に、再生・修復に動き始めた自治体だ。具体的には水道事業。街の隅々まで100%、水道網を張り巡らせる必要などもはやないと本気で考え始めている。

<span class="fontBold">愛知県豊田市の山間部の水道施設(右)。市では、利用の申し込みがあった場合に原則として給水の義務が生じる「給水区域」について、縮小を検討している</span>(写真=左:Tim Graham/Getty Images)
愛知県豊田市の山間部の水道施設(右)。市では、利用の申し込みがあった場合に原則として給水の義務が生じる「給水区域」について、縮小を検討している(写真=左:Tim Graham/Getty Images)

 産業都市のイメージが強い豊田市だが、2005年の合併で広い中山間地を抱え、実は市域の7割を森林が占める。これまではたとえ山の上でも、「給水」の申し込みがあれば断れなかった。「住民の要望に応えるため1000万円かけてわざわざ市で井戸を掘った」。こんな半ば苦い経験もしている。

 「そこまでコストをかける必要があるのか」というのが、豊田市の将来を見据えた際の自問。上のようなケースが続けば「早晩、破綻する」と担当者の危機感は募る。水道事業はそもそも独立採算制、利用者から集めた料金で成り立っているからだ。

 もちろん住民がいるエリアへの給水は続けるが、例えば人のいない場所は給水の指定区域から外す、将来的には人の住まなくなった集落の水道管は撤去する。こうした現実解を見据え、来年度から現地調査に入る。道路でも水道でも、公共インフラは造りに造って、時が来れば補修・更新する。こんな旧来型のサイクルをいったん断ち、「畳む」「縮小する」という選択にかじを切ってみようというわけだ。

 京都府舞鶴市の取り組みはもう少し大胆で、「橋を壊していこう」だ。明治政府によって海軍鎮守府が置かれ近代化を遂げたこの街も、近年は年間約1000人のペースで人口が減り、19年には戦後初めて8万人を割り込んだ。

 5万人台まで落ち込むと予想される40年を念頭に、市では街の規模や機能を3分の2にしようと計画を進める。

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