新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の地方にも深刻な影響を与えた。すでに傷み始めていた地方経済の傷口をさらに広げていく可能性が高い。企業が人がカネが目の前から消える、出ていく状況の修復は、容易ではない。

大手社員が去った わが街の遺物
 杵築  大分県 

 大分県北東部、杵築(きつき)市。空港からは車で20分ほどと、企業の立地条件としては決して悪くない。だが、この街の“かつてにぎわった住宅地”に足を運ぶと、予想外の光景が広がる。

 アパート群の外観はそれほど古くはない。でも、各部屋にカーテンがない。入居者募集の看板は色あせ、郵便受けも閉じたまま。時計の針が止まってしまったかのように、住民の姿と生活の匂いがほとんど感じられない。

 「月1万円以下で賃料を設定しても、借り手がつかない」と、地元関係者は嘆く。市や近所の住民の話を聞くと、「投げ売り・投げ貸し」の要因が少しずつ見えてきた。街の「異変」はすでにコロナ禍の前から始まっていたようだ。

 杵築の街が周辺自治体とともに、半導体をはじめ先端産業の誘致・集積を掲げたのは約40年前。国の「テクノポリス構想」にも指定され、東芝、ソニー、キヤノンなど日本を代表する企業の誘致にこぎ着けた。「誰もが企業を誘致すれば雇用が生まれ、経済も成り立つと思っていた」。地元出身で、県庁の職員を経て杵築市長になった永松悟氏は、こう振り返る。

 アパートの多くは2000年前後、キヤノンの工場進出(現・大分キヤノンマテリアル)を見込み、周辺の農家らが相次いで建てた結果だ。だが08年、リーマン・ショックがこの地を襲う。

<span class="fontBold">大分・杵築のアパート群は大手企業の工場従業員が流出した影響で、空室が目立ち、「投げ売り・投げ貸し」の様相を呈す</span>
大分・杵築のアパート群は大手企業の工場従業員が流出した影響で、空室が目立ち、「投げ売り・投げ貸し」の様相を呈す

 大幅な生産減に伴ってキヤノンらの派遣従業員が街を去り、アパートの空室率が激増した。最盛期に2500人いた派遣労働者が500人まで落ち込んだためだ。16年には隣接する国東市にあるソニーの半導体工場も大幅に規模が縮小され、空室増に拍車をかけた。

 あらかじめ断っておくが、この地に身を置く大企業が街の寿命を縮めたなどと言うつもりはない。グローバル競争下の企業が、収益確保と人員整理を含めた合理化、人の手を極力借りない省力化投資にかじを切ることはままある。むしろ、「企業戦略の常道」と言えるだろう。

 だからこそ、街が潤っていた間、手が打てなかった行政には後悔の念が募る。今後、企業のドライな動きが加速する可能性は否定できない。「グローバル企業にとって、杵築からの撤退は大きな決断ではないのかもしれない」。永松氏は力なくこう話す。

 街の未来をさらに曇らせる出来事も迫る。21年3月、今度は半導体製造のアムコー・テクノロジー・ジャパンが工場を畳むのだ。もともとは東芝のLSI工場で、09年にジェイデバイス(大分県臼杵市)に譲渡され、後に米アムコーの完全子会社となった。この撤退の破壊力もまた大きく、500人の従業員のうちおよそ半数が別工場に配置転換され、杵築を去る見込みという。

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