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世界人口が100億人近くとなる30年後、我々は食を満喫できるだろうか。大地や海の恵みは有限で、持続可能な農業や水産業が欠かせなくなる。場所を選ばず食料を生産する新技術の動向が、食の将来を占う。

 サーモンは「山で獲る」時代がくる──。そんな荒唐無稽にも聞こえる話を実現すべく、世界で投資をしている企業がある。シンガポールの投資ファンドが設立したピュアサーモングループ。日本法人のソウルオブジャパン(東京・渋谷)が三重県津市で今夏、アトランティックサーモンの陸上養殖システムを建設し始めた。

三重県津市でソウルオブジャパンが計画を進める陸上養殖サーモン生産施設の建設予定地。2023年の完成を予定している

 建屋の面積は6万7000㎡と東京ドームの1.5倍の広さで、2023年に完成する予定。円筒状の水槽を36基設置し、その容積は8万~10万㎥に達する。水道水からつくった人工海水をバクテリアでろ過しながら循環させ、アトランティックサーモンを育てる。

ソウルオブジャパンの養殖施設のイメージ図。生産施設面積は東京ドームの1.5倍

 前職の日揮ホールディングスで長く海外プラント建設に携わった溝上宏シニアプロジェクトマネージャーが現場の指揮を執る。「商業スケールでの陸上養殖システムではアジア最大級」(溝上氏)。完成すれば年間1万トンのサーモンを供給する一大拠点となる。

 ピュアサーモンは18年、ポーランドのプラントで、陸上養殖に初めて成功した。現在、日本と米国、フランスの3カ国で養殖施設のプロジェクトが動いている。日本が建設で先行しており、19年には伊藤忠商事と日本国内の販売契約を結んだ。

 ソウルオブジャパンのエロル・エメド社長は「水槽内に水流をつくるため、サーモンが運動して身が締まる。日本の消費者はこれまで死後に時間がたって硬直したサーモンを食べてきたが、国内生産した新鮮な商品はこれまでの概念を覆すだろう」と話す。温暖化による漁獲量の減少を補うだけでなく、「食の質」も高まるのだと主張する。

世界の漁獲高は不足が見込まれている
●人口の増加と見込まれる魚の消費量
ソウルオブジャパンのエロル・エメド社長。「サーモンの概念を覆す味だ」と語る(写真=都築 雅人)
注:世界銀行や国際連合の資料を基にソウルオブジャパンが作成

 養殖しやすいサーモンは、人口増に伴う食糧危機に対抗する切り札の一つになる、と食品業界ではかねて評されている。畜産は飼料として膨大な穀物を使い、家畜が排出するメタンガスは地球温暖化の原因となる。その点、魚類は環境負荷が小さく、人工肉や培養肉の技術と並んで期待が大きい。

 しかし、海での養殖は世界的に適地が不足している。年間を通して低水温で、波が穏やかな深い入り江というのがサーモン養殖の条件だが、それを満たすのはノルウェーとチリのフィヨルドくらいしかない。そして、両国の養殖適地はすでに利用し尽くされている。

 そこで期待されるのが、陸上での養殖だ。丸紅は4月、サーモンの陸上養殖を手掛けるデンマークのダニッシュ・サーモンを日本水産と共同で買収した。工場を相次いで完成させるピュアサーモンは25~26年ごろ、世界で年26万トンと、現在の養殖アトランティックサーモンの全生産量の約1割を占める大量の出荷を目指している。

 ノルウェーとチリは大消費地のアジアから遠く、輸送コストが大きい。一方、陸上養殖なら消費地に近く、サーモンは単価も高いため、設備負担を回収しやすい。ピュアサーモンはシンガポールの投資ファンド「8F社」が資金調達して設立。事業の先行きに期待して、マネーが集まっている。

日経ビジネス2020年11月23日号 42~47ページより