全3898文字

世界の食糧生産は順調に増え、需給はバランスしていくようにもみえる。だが飢餓は解消せず、人口が増える地域が異常気象となるリスクも大きい。我々が、まず克服しなければならない危機の正体を探る。

 「飲食物の浪費は衝撃的で心が痛む」。8月中旬、中国の共産党機関紙「人民日報」や国営通信の新華社は連日、習近平(シー・ジンピン)国家主席の言葉を伝えた。

 食べ切れないほどの料理を出すのがもてなしだという古来の習慣に逆行する「食べ残すな」という指令。「浪費は恥、節約は栄誉だという雰囲気をつくれ」。一党独裁国家は号令一下で、突如として動き出した。

「食べ残し禁止」の大号令を出した習近平国家主席(左)。適切な注文を呼びかけるキャンペーンが広がる(写真=左:代表撮影/ロイター/アフロ、右:アフロ)

 飲食店は客に食べ切れる量の注文を呼びかけるキャンペーンを開始。全国人民代表大会(日本の国会に相当)は飲食の浪費を抑える法律の制定を急ぐ。

 米国と対峙する超大国の最高指導者が、国民の「食べ方」にまで言及する姿は異様にも映る。確かに今夏、中国には異変が生じていた。農耕地が広がる長江流域で洪水が発生。アフリカ豚熱による豚肉価格の高騰も続き、南部ではラオスからバッタが襲来していた。

 これらの「災害」が今すぐ中国の食卓に甚大な影響を及ぼすわけではない。だが、国民14億人の胃袋をいずれ支えられなくなる事態が、指導部の脳裏をよぎっているようだ。

 米中摩擦も背景にある。中国の懸念の一つは国内物価が上昇し、社会が不安定化していくパターン。遠藤誉・中国問題グローバル研究所所長は「米国との貿易戦争において食糧が弱点にならないよう事前に補強しておこうということ」と「兵糧攻め対策」を指摘する。

世界の「口」が増える

 現在約77億人の世界人口は2050年に97億人に増える見通し。「今日の西側諸国の消費モデルを維持して人々を養うには50年までに世界の食糧生産量を70%引き上げなければならないが、達成は不可能に思える」。欧州復興開発銀行の初代総裁、ジャック・アタリ氏は近著『食の歴史』でこう指摘している。食糧問題に手を打たなければ人類は危機に直面すると多くの識者はみている。

欧米諸国のカロリー供給が群を抜く
●1日1人当たり供給カロリー(2015~17年平均)
出所:社会実情データ図録(データはFAOSTAT)
生産量と消費量は均衡している
●世界の穀物(小麦、トウモロコシ、コメなど)の生産量、消費量、期末在庫量の推移
注:米国農務省の2020年10月時点での見通しであり、毎月更新される

 本当に危機が訪れるかどうかの前提として、食糧需給の現状はどうなっているのだろうか。直近の世界の穀物(トウモロコシ、小麦、コメなど)の年間消費量は26.7億トンと、20年前に比べ4割以上増えている。アジア各国の著しい経済成長がけん引し、食肉を生産するための飼料の用途も増えた。

均衡してきた消費と生産

 ただ、期末在庫量が年間需要の何%かを示す「期末在庫率」は30%超と、10年前から10ポイント上回る水準で推移している。生産は近年、消費を上回るペースで増えているのだ。

日経ビジネス2020年11月23日号 34~37ページより