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コロナ禍が収束しても、別の危機がいずれやってくる。繰り返すピンチが自分を育てたという経営者は多い。次のピンチに備え、半歩先を行く準備が欠かせない。

サントリーホールディングス社長
新浪剛史
TAKESHI NIINAMI
1959年生まれ。81年に三菱商事に入社。91年、米ハーバード大学経営大学院を修了し、MBA(経営学修士)を取得。2002年ローソン社長CEO(最高経営責任者)、14年にサントリーHDの創業家出身者以外で初の社長に就任(写真=北山 宏一)

 新浪剛史氏の20年近くにわたる経営者人生は困難の連続だ。名を上げたのは、業績不振に苦しんでいたローソンを、トップ在任中に11期連続営業増益の成長企業に仕立てたこと。43歳で社長CEO(最高経営責任者)に就任した新浪氏が経営改革の1丁目1番地として挑んだのは、おにぎりの刷新だった。2002年に立ち上げたオリジナルブランド「おにぎり屋」は大ヒットし、会社を成長軌道に乗せるエンジンになった。

新浪氏 既存店売上高の前年割れが続く状況で、まず社員の自信を取り戻させる必要がありました。彼らを「常勝軍」に変えるには、最も重要で、最も難しい商品を強くしなければならない。それがおにぎりでした。何度も試食し、水、具材、浸漬(しんし)度合い、炊飯や成型の機械まで、細部にとことんこだわって商品を改良しました。作り手の意思は細部に宿るものだからです。

 自信を喪失している組織を立ち直らせるには、トップが先頭に立って動くことが不可欠です。私もあちこちのおにぎりを食べて、どうしたらおいしいものができるか必死で考えました。おかげでかなり太りましたが、「この人とだったらピンチをチャンスに変えられるかもしれない」と感じる社員が徐々に増えていったと思います。

 危機の中で新しい挑戦がうまくいく保証なんてない。だからこそリーダーは「やり遂げる」覚悟を示すべきです。私は、おにぎり屋のテレビCMに出演しましたが、当時の担当役員たちは強く反対しました。社長が表に出て、失敗でもしたら大変なことになる、と。

 だからこそ、やるんです。トップはリスクを取らないと。社長が進退を懸けていることを見せなきゃいけない。実際にそうすると、ピンチがチャンスに変わっていきました。みんなが「トップが覚悟しているんだからやらなきゃだめだ」と言い始めた。やる気のある若い人たちを登用する仕掛けもしました。

 組織が活性化すると、自ら考えて問題解決に動く社員が増え始め、雪だるま式に改善と向上が始まりました。人間のパワーって恐ろしいものですよ。

 14年にサントリーホールディングス社長に抜てきされた新浪氏を待っていたのは社運を賭けて買収した米ビーム(現ビームサントリー)の統合作業だった。「米国の魂」バーボンウイスキーの権威であるビームのプライドは高く、当時のCEOはサントリーの支配を拒絶した。新浪氏は15年、ビームの上級幹部の指名と報酬を決める委員会を立ち上げた。自ら委員長に就任し、委員も日本勢で固め、実権を掌握した。それから5年。ビームはサントリーの世界展開の要となっている。

新浪氏 統合作業が難航し、ビーム側との契約で主導権を取れずどうしたらいいのか分からなかった時、助けてくれたのは、ハーバード(大学経営大学院)時代の米国の友人たちでした。

 「ハーバードで何を学んだんだ」と言われましてね。(契約社会である)米国の経営手法でぶつかれと。日本人には契約は変えられないという先入観がどこかにあるが、米国では契約書は書き換えればいいと考える。相手が「うん」と言えばいい。そこから心を鬼にして、オーナーは我々で、絶対に引かないという覚悟を前面に押し出しました。

 メンターと呼べる人たちの存在も大きい。サントリーの社長になるときに、ソニーの出井(伸之・元社長)さんから米国企業は思うように動かないので準備が必要だと助言を受けました。ローソン再生のときも三菱商事の上司佐々木(幹夫・元社長)さんや小島(順彦・元社長)さんがよりどころでした。

 今の一番のメンターは佐治(信忠会長、創業家出身)です。ねちねちした関係でなく、甘えもないが、心を支えてくれる。会長室には作家の開高健さん直筆の「悠々として急げ」と書いた額があります。佐治は統合が難航して焦る私の表情を見ると、額を示して「社長、何て書いてありますか。慌てるな。必ずうまくいくんだから悠々としておけ」と言ってくれました。

 彼らと接点を持ち続けるには相談の仕方も大事です。「どうしましょうか」と尋ねるのは絶対にだめ。考え抜いて「こうしたいのですが」と持ち掛けなければ、語る価値がない相手と思われます。

 ビームの統合に成功した新浪氏だが、安心もつかの間、コロナ危機に直面する。外出自粛の影響で飲食店向けの業務用酒類の売り上げが大幅に減少。日本以上に新型コロナの被害が大きい米国をはじめ、海外での酒類事業も深刻な状況が続いている。出口が見えない危機の中で、今度はどんなチャンスをつかもうとしているのか。

新浪氏 出口が見通せない点でコロナ禍は仕事人生最大のピンチです。危機に直面すると、社員は目の前のことで頭がいっぱいになる。でもトップは長い目で物事を捉え「何とかなるな」と前向きに発想しなければいけません。

 佐治と先ほど話したんですが、明るい表情で、これを機にもっと現場の人間に修羅場を経験させて鍛えろと言うんですよ。コロナ禍を、人を育てるチャンスにしろと。すごいよね。