社会に衝撃を与えたAIJ投資顧問事件。超高利回りをうたい、投資資金をかき集めたが、ほとんどを失った。約2000億円もの運用資金の大半を投じたのは企業年金だった。なぜ騙されたのか。裏にあったのは企業年金の危機だった。年金給付に必要な資産が足らず、運用にもつまずき続ける。企業年金の改革はもはや待ったなし。給付引き下げ、運用見直し、代行返上、“年金ガバナンス”の確立...。それができなければあなたの年金は本当の危機に直面する。(写真:時事通信)
(編集委員 田村 賢司、伊藤 正倫)
「いたたまれなくて逃げ出したい思いです...」
50~60代と思われる男性は、顔も上げられないほどに憔悴し切った様子で小さくつぶやいた。
関東地方のある厚生年金基金。男性は厚年基金を実質的に取り仕切る常務理事。深く疲れの滲んだ声でうめくように漏らしたのは、年金資産に多額の損失を負わせた運用委託先への怒りだった。「今は、騙されたという思いだけだ。詐欺に当たってしまい悔しくてならない」。
企業年金を中心に運用を委託された約2000億円の資産の大半を消失させたとされるAIJ投資顧問(グラフ参照)。男性の厚年基金もAIJに10億円を超える多額の年金資産を委託し、ほとんどを失ったと見られる。
実際の運用成績を何倍にも偽っていた
出所:証券取引等監視委員会、厚生労働省
AIJは、傘下のデリバティブ(金融派生商品)売買ファンドで、2002年の設定以来10年間で245%という驚異的な成績を上げているとうたうなど、虚偽の利回りで顧客を集めながら、実際には運用に失敗し続けたとされる。

だが、この前代未聞の投資「損失」事件は、企業経営と個人に影響を及ぼす大きな危機をあぶり出した。企業の年金が長年抱えてきた窮状である。
AIJに投じられた約2000億円の資金のうち、最も多かったのは、男性が所属する年金のような、主に中小企業が業界単位などで組織する厚年基金だった。その数は74(厚生労働省調べ、2月28日時点)。厚年基金全体の約13%に及ぶが、問題はそれだけではない。
厚年基金の中にはもともと、財政が悪化したところが多く、基金の解散、個人への年金給付減額など何らかの対策が必要になっていた。
そこに直撃したのがAIJショック。直接、投資をしていた企業年金は当然財政悪化に見舞われるが、それ以外の基金も、運用体制や年金の母体企業の財政支援力の弱さなどに改めて焦点が当たった。
今や、企業年金は母体企業の信用力をも揺さぶり、様々な波紋を呼び起こし始めている。既に年金基金からの企業の脱退は増え始め、解散の動きも加速している。まず、その大きなうねりから見てみよう。
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