コロナショックが到来する以前から借金頼みの運営をしてきた日本。「打ち出の小づち」は便利だが、国家の規律と将来への成長力を奪っていく。日本が「見捨てられない国」となるために、今を生きる企業と個人の覚悟が問われる。

新型コロナウイルスの感染拡大がなお続く7月、静かに改革を断行した自治体がある。兵庫県南東部のベッドタウン、三田(さんだ)市だ。市が手をつけたのは子供医療費の窓口負担額。従来は外来1回当たり原則400円だったところ、高所得世帯限定ながら2倍の800円に引き上げた。
2018年7月まで小中学生の医療費負担は無料だった。続けざまの値上げには、市民から反発の声もあがる。景気低迷下での負担増となるとなおさらで、森哲男市長は「確かにためらいはあった」と話す。だが「街の持続可能性を考えると、やらなければいけないと判断した」。
三田市の選択は昨今の自治体の動きとは一線を画す。多くの自治体がこぞって進めるのは子供医療費の無料化。住民の増加が地域再生への近道と考える首長にとって「子育て世帯に優しいわが街」は格好のアピール材料となる。コロナの状況下では、独自の給付金を設けて各家庭に配るところも多い。
財政面で余裕がある自治体なら考えられる一手かもしれないが、懐事情の厳しい三田市にとって一連の施策は「街の魅力を高めるものには映らない」(森氏)。一昔前まで人口増加率全国一を誇ったが、その勢いは陰り「街の老い」が迫る。今後は学校や病院など都市インフラの更新にも、多額の資金が必要になってくる。
衰退産業まで救ってしまった
片や医療については、病院に行く必要まではないのに「念のために受診する」といったケースが三田市でも散見された。今はコロナ禍で覆い隠されているが、「無料」や「少額負担」がもたらす医療機関での過剰受診は保険財政の圧迫要因で、全国共通の課題といえる。
目先の人気より、街の持続性が失われる方が怖い──。三田市の改革実行の背景にはそんな考えがあると森氏は強調する。「一度『優しい政策』にかじを切ってしまうとなかなか元には戻れない」(森氏)ものだ。医療費補助の圧縮による市の収支改善効果は年1億円弱で、国家予算に比べれば微々たるものかもしれないが、「将来世代にも優しい政策」にシフトする意味は大きい。
「アベノミクスは金融と財政が一体になった経済政策で確かに景気を回復させた。ただ、失業率が低下しても同じ手法を続け、生産性の低い企業を増やしてしまった。その結果、潜在成長率が低下した」。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは、安倍晋三政権の過去7年余りの経済政策をそう振り返る。
12年度から19年度にかけ、就業者数は約450万人増えた。リーマン・ショック後に5%を超えていた日本の完全失業率は17年に3%を下回り、同年以降の有効求人倍率は1.5倍を超えた。ただ、完全雇用を求めるあまり、衰退産業まで救ってしまった一面がある。企業も金融緩和を背景に活気づく株式市場に評価される短期的施策に走り、痛みを伴う改革にも踏み込まなかった。
ここに、金融、財政政策に続く「第3の矢」と位置付けた成長戦略が効かなかった要因がある。倒産や失業を避ける政策は、戦後最長に迫る景気拡大を呼び、政権の長期化にもつながった。だが一方で、企業の淘汰にストップをかけ「成長分野への労働移動を阻害する副作用」(河野氏)も露呈した。その結果、ここまで指摘してきた財政・金融の「双子の肥満」の構図は生まれた。
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