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「やっていたつもり」で20年間、緩慢にしか進まなかった日本のデジタル化。新型コロナという災厄によって、ようやく加速させる機運が生まれている。「デジタル先進国」になるには何が必要か。IT企業の経営者らが提言する。

 「日本は『文系的な社会』が続いてきたが、これからは政治家や経営者がリーダーとして判断するとき、エンジニア的な考え方が必要になってくる」

 フリーマーケットアプリ大手のメルカリの山田進太郎社長CEO(最高経営責任者)はこう指摘する。

(写真=竹井 俊晴)

 戦後から高度成長期、バブル崩壊まで製造業が日本経済をけん引した。ゼネラリストとしての総合職が販売を担い、エンジニアはものづくりに集中する。「作る部分と売る部分が分かれていた」(山田氏)。このモデルの製造業が長く日本の中心であり、現実に世界で成功した。「文系」「理系」の役割分担は企業だけでなく、社会にもなじんだ。

 しかし今や、働き方や売買、行政手続きなど社会の様々な分野でデジタルツールが前提になろうとしている。ITを知るエンジニア的な素養がなければ、適切な意思決定ができなくなった。

 米国をみると、ビル・ゲイツ氏のマイクロソフトやマーク・ザッカーバーグ氏のフェイスブックなどエンジニアとしてのバックグラウンドを持つ経営者が率いたIT企業が大きく成長した。

 こうした成功に感化され、米国は社会全体もエンジニア的思考でデザインされてきたと山田氏はみる。

 だからこそ、山田氏は「エンジニアを中心としたテックカンパニーである当社がグローバルで成功を収め、社会を変えていきたい。循環型社会を目指す上で、社会にとって不可欠な存在になるという覚悟が決まった」と意気込む。「作る」と「売る」が密接で不可分なIT企業の成長は、社会モデルを変え得るポテンシャルを秘めているとみる。

 菅義偉氏が構想を披露した「デジタル庁」について「長官はエンジニア出身者が望ましい」と語るのは、ヤフーを傘下に持つZホールディングス(HD)の川邊健太郎社長だ。トップだけでなくプロパー職員にエンジニアを抱えてこそ、他省庁の下請けでなく、「公共部門のデジタル化の意思決定権を掌握して改革を断行」できるとの考えだ。

 トップだけでデジタル化が進むわけではない。企業も国もデジタル化を進めるためには、デジタルを理解する人材が不可欠だ。

 メルカリはエンジニアの4割が外国人だ。優秀なエンジニアを獲得するには、待遇はもちろん、「ミッション」が重要だと山田氏は言う。優秀な人材ほど、自分が会社で何をなし遂げたいか、どんな同僚と働きたいかを会社選びの条件とするのだ。

 これは民間に限らず、行政にも共通する。ただ、人材を引きつけるための発信力は、残念ながらまだら模様だ。

 厚生労働省は8月、「WEBマーケター」募集を始めた。広報室の一員として、ホームページのデザインやアクセス数の解析などを行う。求めるスキルは、「WEBマーケティングなどの経験(5年以上)」や「HTML、CMS、アクセス解析ツールを使える」。報酬の目安は「月額28万~41万円程度」とした。

 インターネット上の反応は冷ややかだった。「スキルや仕事の規模に対して待遇が悪すぎる」「2年の有期雇用で応募する人間がいるのか」。応募は低調で、募集期間を延長した。

 ある民間出身の政府関係者は、「IT人材への投資意欲の低さが、行政と民間の最大のギャップだ」と嘆く。

 一方、経済産業省のデジタル・トランスフォーメーション室(2018年に新設)が今年3月、転職サイト「ビズリーチ」で募集したプロジェクトマネジャーは、応募倍率が200倍にも上った。

 報酬の規制が厳しい常勤でなく、非常勤職員とすることで年収800万~1000万円と高めに設定。週3日勤務も認め、希望するなら兼業も可能とした。

 それでも、「民間に比べて報酬や条件が優れているわけではない」(布山剛・情報プロジェクト室室長補佐)ため、現役職員へのインタビューを通じ、経産省の大型プロジェクトに携わる魅力などを丁寧に発信。エンジニアの向上心をくすぐったようだ。

 布山室長補佐は、「この仕事をステップに成長してもらい、将来、官民プロジェクトで協力してもらえれば」と話す。官民で人材の流動性が高まれば、行政のプロジェクトに民の「エンジニア思考」が取り入れやすくなる。

日経ビジネス2020年9月21日号 30~33ページより