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ワーケーションやノマド──。若者を中心に、自分らしさに忠実な働き方を選ぶ動きが広がっている。新型コロナウイルスの影響は「労働」の意義を問い直させ、会社と個人の関係を再定義する。企業の「パーパス(存在意義)」と個人の「生きざま」が共鳴し、イノベーションが起きる社会へ。

世界一周をしながら働いたガイアックスの肘井絵里奈さん(左)。東京・新宿のホステル「UNPLAN」に宿泊しながら働く和田匡登さん(中下)と、そこに集まるウーバーイーツ配達員(中上)やノマドワーカーたち(右)

 世界一周しながら仕事をしたい──。肘井絵里奈さんは、夢をかなえるために今年2月、日本を飛び立った。中南米からアフリカ、中東、アジアを約1年かけて巡る旅だ。メキシコ、グアテマラなどを回った後、新型コロナウイルスの感染が拡大したため3月中旬に帰国。予定より短かったが、この1カ月半の経験は肘井さんの労働観、さらには人生観を変えた。

 肘井さんは、ソーシャルメディアサービスのガイアックスの正社員として、顧客企業のPRやマーケティングなどを担当している。今回の旅行は休暇ではなかった。日本をたつ前に10社程度あった担当顧客企業を5社に絞って仕事量をほぼ半分に減らしたものの、リモートで仕事をし続けた。

ワーケーションが問う「労働」

 ワーケーション──。7月下旬、政府の菅義偉官房長官は突然、こんなキーワードをぶち上げた。聞き慣れない言葉だが、「ワーク(働く)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語だ。この発言は新型コロナによる外出自粛で痛手を受けた観光産業の浮揚を狙ったもので、休暇か労働か、境界が曖昧な概念が流布することを懸念する声もある。法律事務所アルシエン(東京・千代田)の竹花元弁護士は、「時間管理など現場の実態を理解しているとは思えない」と首を傾げる。

 だが、肘井さんが実践した働き方はワーケーションそのものと言える。菅長官の真意はともかく、リモートワークの究極の形のように見える休暇と労働が融合した働き方は、ニューノーマル(新常態)の「労働」の意味を私たちに問いかけている。

 肘井さんは、なぜ、この働き方を選んだのか。

 前職では必死に働き成果も出していた。だが、趣味の旅行をするための長期休暇を取得できない。「社会人なら、やりたいことを我慢するもの」。自分をそう、納得させていた。

 ふと、学生時代にオーストラリアに留学した際に出会った欧米出身の友人たちの言葉がよみがえってきた。

 「仕事のために自分や家族を犠牲にできない。仕事は変えられる。でも、自分や家族は変えられない」

 自分らしい生き方を諦めていいのか。悩みを友人に打ち明けたところ、紹介されたのがガイアックスだった。

 同社は多様な働き方を受け入れることで知られる。仕事はリモートワークが普通で、肘井さんは「ここなら自分らしさを失わずに働ける」と思い転職。30歳を過ぎ、「今しかない」と考えて温めていた計画を実行に移すことにした。

 旅をしながらリモートワークするという試みを実現する鍵は、仕事の目標や賃金を定める上司との交渉が握っていた。「顧客企業に来年も継続契約をもらう」ことを目標に設定し、メールのやり取りやデータ分析、提案書作成などをおろそかにしないことを約束。通信環境が整っている宿泊先を選び、主に観光客の多い休日に10時間ほど働き、平日は観光をメインに2時間ほど働く条件で交渉は成立した。

 ガイアックスは労働時間の管理を労働者に委ねる「裁量労働制」を採用しており、働く場所も細かく定めていない。そもそも給与は年俸ならぬ“四半期俸”制で、賃金は3カ月に1回、上司との話し合いで決める。肘井さんと上司の条件交渉も、決して特例処置ではない。

 「こんな働き方ができるとは自分でも驚いた。給与は下がったが、仕事に対してよりポジティブに向き合えるようになった」と肘井さんは満足げだ。