

今年6月にスーパーコンピューター世界一に認定された「富岳」。日本勢がスパコン性能で首位となるのは2011年の「京」以来だ。理化学研究所と富士通の共同開発は同じだが、富岳の快挙は、京とは少し質が違う。「計算速度で頂点を目指したわけではない。実用性を求め、持てる技術を合わせこんでいった」。開発責任者の松岡聡・理研計算科学研究センター長はそう語る。
日本のスパコンの開発方針を根本的に変えたのは、09年のあの事件だ。「世界一になる理由は、何かあるのでしょうか? 2位じゃダメなんでしょうか?」。当時の民主党政権の「事業仕分け」での蓮舫議員の質問に、開発サイドは満足な答えができなかった。
スピードよりも使いやすさ
産業界からは「1位を目指さないと2位にだってなれない。何を言っているのか」と反発の声が上がったが、「出て当然の質問で、むしろありがたかった」(松岡氏)。自らを見つめ直して始動した富岳の開発では、「いかに世の中の役に立つか」が主題となった。
富岳はすでに「仕事」を始めている。7月、2000種類超の既存薬から、新型コロナウイルスの治療薬の候補となる数十種類の薬剤を特定したことが発表された。今後は創薬のほか、気象・災害分野でもそのシミュレーション能力を期待される。「ガスタービンの大型化や全固体電池の素材開発、車のデザインといった産業領域でも力を発揮できる」(松岡氏)。様々なソフトウエアと連動するため、利用の裾野は広い。
京も日本の技術力を結集したが、挑んだのは「スピード」の世界一をめぐる戦いだった。一方、富岳の開発に明確な答えはなかった。設計技術、すり合わせ技術など持てる知恵をひっくり返し「使いやすさ」という目的のために組み立てなおした。中核となるCPU(中央演算処理装置)は汎用性のある英アームの設計をベースにした。
民間利用を広げる中でカギとなるのは省エネ性能。それでも機能を発揮させるとなると求められるスペックも高くなる。15年には機能がうまく発揮できず、計画は立ち消え寸前になった。
ただ、この窮地で、富士通の秘められた能力が引き出された。「緻密な計算を繰り返し、最後は求めた省電力性能を2割上回るものをつくってきた」(松岡氏)。完成した富岳の演算速度は京の最大100倍。もがき、苦しみながら、新たなステージへと踏み出した。
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