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新型コロナウイルスが崩したものの1つが、既存の組織とそこにあった常識だ。社会の先行きは不透明になり、国や大企業すら見通せなくなった。だからこそ必要な「あなたはどう生きたいか」。根本的な課題が「個」に委ねられている。

伊藤嘉明氏(左から3人目)らの呼びかけで約1400人が集まった「300X」は、個人が切磋琢磨できる新たなコミュニティーを目指す(写真=吉成 大輔)

 「予測不能な時代だからこそ、互いに学び、切磋琢磨できる場をつくりませんか?」

 7月上旬、そんなメッセージがSNS(交流サイト)で広がった。具体的なプランはまだないが、目的ははっきりしている。未知のものに取り組む意識を共有できる仲間を集めることだ。それから2カ月。この謎の組織「300Xコミュニティ」に賛同するメンバーは1400人近くに膨らんだ。

 デザイン家電を手がけるamadana(アマダナ)創業者の熊本浩志氏、デロイト トーマツ ベンチャーサポート社長の斎藤祐馬氏、独立研究家の山口周氏……。集まったメンバーの領域は金融業界やコンサルタント業界から学界、スポーツ界などに広がっている。

 仕掛けたのは、経営助言会社X−TANKコンサルティング(東京・港)社長の伊藤嘉明氏。ハイアールアジア(現アクア)の元CEO(最高経営責任者)だ。「社会の動きが止まった今こそチャンス。制度の変更を待つのではなく、『個』が沸々と沸き立つことが重要だと考えた」。目指すのは、従来の会社や団体とはまた違う、緩やかに連携するエコシステムの構築だ。

 例えば何ができるのか。300Xメンバーで米バブソン大学准教授の山川恭弘氏は「事業プランを組み立てるのもいいし、教育プログラムを提供するのもいい。米国の組織との交流を深めるのもありだ」と話す。ソーシャル・インベストメント・パートナーズ(東京・港)事務局長の福島沙世子氏は「多様な人との交流によって個々が成長し、生き方や世の中のあり方を考えるきっかけになれば」と期待感を示す。

 会社の会議に企画を通す、独立して起業する──。閉鎖性の高い社会において、新たなことに踏み出すには思い切りが必要だった。300Xのような枠組みを生かせば、個人が自らの意思で動き、自分の中にある「知」や「志」を顕在化することにつながるかもしれない。

 「9時~5時で働くという常識がなくなり、新たな生き方の模索が始まった。どう動くかはあなた次第だ」。300X管理人の伊藤氏はそう訴える。タイで生まれ育った伊藤氏はデルやアディダスなど多くの外資企業で要職を歴任。直近は旧三洋電機の家電部門を母体とするアクア、液晶パネル大手のジャパンディスプレイの再生に取り組んだ。

 ただ、「外資の立場では日本社会の奥深いところまでは届かず、組織を内側から変えるのも難しかった」。行き着いたのが個の力だ。組織に身を委ねるのではなく、「個」が差異力を持ちながら組織をどう作っていくか。「新型コロナウイルスがあったからこそ、プラスのエネルギーを合わせたいと思った」と伊藤氏は話す。

 300Xという名前は300人のスパルタ軍がペルシャの10万人超の大軍に挑んだ「テルモピュライの戦い」に由来する。「少人数でも『革命』は起こせる」。控えめな思いとは裏腹、300Xはすでに「小軍」ではなくなっている。

日経ビジネス2020年9月7日号 30~33ページより