全7674文字

もはや「百貨店」というブランドだけで消費者を引き付けられないのは明白だ。コロナ禍にも襲われるなかで、売り場は強みを磨き、客を呼び戻そうともがいている。デジタルとリアルをどう使い分けるか。積年の課題を解かなければ生き残れない。

日本橋三越本店呉服売り場の足立氏に相談すればTPOに合った着物を提案してくれる(写真=竹井 俊晴)

 「宮中に行くときは第1礼装ですから色留め袖。帯は袋帯で、金か銀を使ったものがいいですね」。日本橋三越本店(東京・中央)の本館4階。じゅうたん敷きの特選きものサロンには、お香がかすかに匂う。皇居に向かう礼装というのは叙勲や褒章を受け、天皇陛下に拝謁するときの服装のことだ。もしも対象に選ばれたら、どうしたらいいのか。担当の足立光隆氏に相談すればマナーに則して助言してくれる。

 日本橋三越は2018年秋に「叙勲・褒章パッケージサービス」を始めた。装いだけでなく勲章、褒章を飾る額縁、お世話になった人々に配る記念品まで。何が起こるのか、一般人にはうかがい知れないステップを店員が解説しながら、売り場を越えて手配の相談に乗る。

 多くの百貨店は苦境に立たされる中でも、「対面接客の強みを生かして乗り切る」と主張してきた。しかし、対面接客で得られる便益を感じない客もいる。ネット時代にコロナ禍が重なり、マスの消費をEC(電子商取引)がごっそりと持っていく今、ワントゥーワンの対面販売はいかにも時代遅れに見える。

 それでも三越伊勢丹は対面販売に全力で取り組んでいる。叙勲のお世話のようにサービスをパッケージ化し、メニューを増やしてきた。パーティーのフードコーディネート、婚活に合った服選び──。来店してもらうことで、すべてを解決する。「館(やかた)」のあちこちに散らばっていたサービスを分かりやすいテーマにして再編成している。

 「着丈はショート丈やジャスト丈がお似合いになると思います」。7月15日には女性向けに全身を3Dで計測し、体に合う服を提案するマッチングサービスを伊勢丹新宿店(東京・新宿)で始めた。ワコールの技術を使い、20個のセンサーが全身の18カ所を捉え、体のサイズを測る。結果に合わせて約1万種類の婦人服から似合うものを選ぶ計90分の相談コースも用意している。

 対面回避が求められるコロナ禍での対面強化。コロナで店の売上高が激減し、職場がなくなりかねないとの危機感が三越伊勢丹を突き動かしているが、それだけが理由ではない。緊急事態宣言が明けると、多くの百貨店の前に行列ができ、対面の売り場を求める消費者が確実にいることが分かった。そして現在の特殊な環境で、消費者にささる普遍的な対面サービスがあることが百貨店業界で次々に確認されている。

ロボットと百貨店の相性

そごう横浜店の林氏の元には客足が絶えない

 そごう横浜店(横浜市)の婦人靴売り場。緊急事態宣言の解除後に営業を再開すると全国に300人しかいない上級シューフィッターの資格を持つ林美樹氏に続々と指名予約が入った。客は足の形に合った、痛くならないパンプスを提案する林氏のサービス再開を待っていた。60~90分ごとの指名予約は今も開店から閉店までいっぱいだ。

 「靴選びは健康の基本」という林氏は接客経験で蓄積した知識を詰め込んだオリジナルの靴をつくり、直近で年1800足が売れた。足と靴を長年研究してきた専門家の技術が、足の痛みに悩む女性から支持されている。コロナ禍で消費行動が変化しても、対面を軸に顧客を確保しているスター販売員は価値を失っていない。

 ネット通販でこだわりの商品を販売し、既存の小売りを中抜きすると恐れられているD2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー)を取り込んで、コロナ下で成功を収めた対面売り場もある。

日経ビジネス2020年8月24日号 34~39ページより