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新たなサプライチェーン(供給網)の在り方を巡り、生産の国内回帰の議論が浮上した。政府は医薬品のような重要物資などを念頭に、2200億円の予算で投資を支援する。ただ、一から国内に供給網をつくり直したり、高いコストを吸収したりという難路が待ち受ける。

 塩野義製薬は近く、子会社UMNファーマが秋田市に持つ工場で、新型コロナウイルスのワクチン生産を始める。扱うのは、臨床試験に使うためのワクチン。政府はワクチンの安定調達に向けて、世界の製薬会社と供給を受ける契約を結んでおり、日本では塩野義を含む2社に期待が寄せられている。

 年内にも臨床試験を始める予定だ。これがもし実際に使えるとなれば、量産しなければならない。その場所は、他の薬の製造を発注してきた協力会社UNIGENの工場(岐阜県池田町)だ。

 塩野義は厚生労働省と経済産業省からの助成金を使って約400億円を投じ、3000万人分を確保する。この工場は新型コロナだけでなく、今後も起きうるパンデミックに備え「日本の感染症向けワクチン工場」としての役割を果たしていく。

「安全保障の問題だ」

 人命に関わる医療物資は国内で賄うべきだ──。新型コロナが広がるにつれ、日本でこんな議論が巻き起こった。というのも、各国がマスクや医療用ガウンを奪い合い、輸出規制をかけて国内での流通を優先させる動きが相次いだためだ。「一番必要なときに必要なものが届かない」状況が国内で多発した。

 塩野義の手代木功社長は「国家安全保障の問題からサプライチェーンをどうするのか。自国民を守るためにどうすべきなのか。何でもかんでも、すべてを自国でやる能力を持つべきではないが、ゼロはまずい。そのためにも当社は国産ワクチンの製造に投資していく」と強調する。

 日本という国として欠けていたともいえるワクチンのサプライチェーン。気負う政府や製薬会社とは裏腹に、いきなり日本で仕入れや生産の流れをつくることは容易ではない。

 塩野義はワクチンの量産工場を選ぶ際、選択肢が限られていた。国内の複数の拠点をリストアップしたが「実際にはUNIGENしかなかった」(関係者)。特殊な設備やノウハウが必要だったからだという。

 富士フイルムホールディングスの抗インフルエンザ薬「アビガン」も、同じくコロナ対策の医薬品として日本にサプライチェーンを築くことになったが、その過程を細かく追うと、国内回帰の苦労が見えてくる。

 「アビガンの生産を検討してほしい」。政府から製造元の富士フイルム富山化学に要請があったのは2月下旬のことだ。アビガンは、新型インフルエンザに他の治療薬が効かなかった場合に政府が使用を検討する医薬品。政府が備蓄するのみで一般には流通していなかった。これまで治療用に広く使われた実績もなく、2018年に備蓄を終えてからは生産を停止していた。

 そんなアビガンを取り巻く環境が新型コロナの感染拡大で一変。2月上旬には新型コロナの治療に有効かもしれないという見方が広がる。「もし再び生産するならどうすればよいかという検討を2月中旬から社内で始めた」と、富士フイルム取締役常務執行役員でもある富士フイルム富山化学の岡田淳二社長は振り返る。

 アビガンは次のような製造工程をたどる。まず「マロン酸ジエチル」という原材料を化学反応させて「中間体」をつくり、別の化学反応を通じて「原薬」と呼ばれる粉の状態にする。その後、錠剤の形にする「製剤」工程を経て、パッケージに収める「包装」をする。

 富士フイルム富山化学はサプライチェーンに絡んで2つの課題を抱えた。まず、原材料の安定調達だ。中国企業から購入していたマロン酸ジエチルを大量かつ安定して入手できるのか。「他の国と奪い合いになるのではないか」「調達できたとしても物流の寸断が起きるかもしれない」。こうしたリスクでアビガンの生産が止まることを防ぐため、国内メーカーから調達できる経路の確立に奔走した。

日経ビジネス2020年8月17日号 32~35ページより