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マスク外交と戦狼外交の矛盾

 「一帯一路は逆風にさらされる」と語るのは、オバマ前政権で東アジア・太平洋担当の米国務次官補を担ったダニエル・ラッセル氏だ。現在、米アジア・ソサエティー政策研究所の副所長を務めるラッセル氏は、「中国では昨年ごろから一帯一路を疑問視する声が増えていた」と語る。「近所に子どもが通う学校を建ててほしいときに、なぜ遠い国の橋の建設に私たちの税金を投じなければならないのか」。そんな不満がたまっているという。

 国民の理解を得るのが難しくなってきている上、中国政府はコロナ禍による景気悪化で失業対策や社会福祉を一層充実させる必要が出てきた。習指導部は国民の不満が高まらないよう経済政策を優先し、一帯一路は二の次にせざるを得ない。よって一帯一路は停滞するというのがラッセル氏の見立てだ。

 習氏が力を入れるマスク外交も世界から共感を呼ぶには至っていない。医療支援を通じてイメージを高めようとする一方、「戦狼(せんろう)外交」と呼ばれる強硬な外交姿勢で他国を威圧するという、矛盾した行動の結果だ。

 在仏中国大使館はウェブサイトで「フランスの介護施設では新型コロナに感染した高齢者を飢えと病気で死ぬまで放置している」などと誤情報を交えてこき下ろした。新型コロナの発生源を特定する独立調査を求めたオーストラリア首相には激高して、同国からの農畜産物の輸入を制限し、自国民に留学や渡航の禁止を勧告した。

 これら数々の不可解な言動は世界中に報じられ、不信感を生んでいる。独シンクタンクの欧州外交問題評議会が6月に公表した、ドイツ、フランスなど欧州9カ国のアンケート調査結果では、コロナ禍を通じて中国の印象が「悪化した」と回答した人の比率が48%に上り、「改善した」とする12%を大きく上回った。

 習氏は12年に総書記に就任した直後、「中華民族の偉大な復興」という「中国の夢」の実現を国家目標に掲げた。ラッセル氏は「列強に侵略された1840年のアヘン戦争から、第2次世界大戦が終結する1945年までの『屈辱の100年』は終わった。もう誰にも踏みにじられることのない強国に生まれ変わったと習氏は国民に訴えており、そのストーリーに沿う形で進める政策の一つが戦狼外交だ」と話す。

 中国政府は親中を世界に広げようと一帯一路やマスク外交に資金を投じる端から、威圧的な言動で帳消しにする矛盾になぜ気が付かないのか。米クレアモント・マッケナ大学教授で政治学者のミンシン・ペイ氏は、「中国政府内には傍(はた)から見て奇妙と思える政治理論が存在し、向こう見ずで逆効果となる行為がイデオロギー的に正しく、政治的に有効と判断されることがある。誰も政策に異論を挟めない独裁的な中央集権体制下においては、しばしばこのようなことが起きる」と解説する。

 6月末には日米欧の反対を押し切って中国政府は「香港国家安全維持法」の制定を強行した。中国国内でも習指導部の対応を疑問視する声が出ているとされる。国内での求心力を高めるため、習指導部は対外的にさらに強硬な態度に出る恐れもある。

トランプ政権による「総力戦」

 領有権を巡って周辺国と対立する南シナ海では2月、中国の軍艦がフィリピンの軍艦に火器管制レーダーを照射し、4月には中国海警局の公船がベトナムの漁船に体当たりして沈没させるなど、「今度は私たちが他国を蹂躙(じゅうりん)する番だ」と言わんばかりに領土的野心を見せつける。ポンペオ米国務長官は7月13日、「南シナ海における中国の海洋権益の主張は完全に違法だ」との声明を発表。従来の中立的な立場を転換し、フィリピンやベトナムなどを支援していく考えを示した。

周辺国のことはおかまいなしだ
●南シナ海で相次ぐ中国による示威行為