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世界を大混乱に陥れたパンデミックの震源地、中国湖北省武漢市。7月中旬の同市では、過酷な都市封鎖を経験したとは思えぬにぎわいが広がっていた。世界で最初に新型コロナウイルスの脅威に直面した都市で生まれつつある新経済とは。

7月中旬、様々な露店が立ち並ぶ武漢市の「保成路夜市」には人があふれていた(写真=町川 秀人)

 串料理の屋台の前で並んでいた中年女性は真剣な面持ちで言った。「今年は武漢の外への旅行は行かないつもりよ。外はウイルスがいて危ないけど、武漢市内なら安全だから」

 7月中旬、中国湖北省武漢市で最大のショッピング街「江漢路」は、文字通り芋を洗うような混雑ぶりだった。店員たちが客を呼び込む大きな声がひっきりなしに響く。屋台が連なる中心部には、家族連れやカップル、友達連れなど多くの人が集まり、談笑しながらショッピングや飲食を謳歌していた。

 「夜の2時ごろまで人が絶えないよ。封鎖は本当に大変だったけど、前のように人出が戻ってきてよかった」。スイーツを販売する屋台の店主は笑った。

低コストの露店で経済復活

 「露店経済」。李克強(リー・クォーチャン)首相が5月末、新型コロナウイルスの影響で2カ月以上遅れて開催された全国人⺠代表大会(全人代、国会に相当)の閉幕後の会見で言及した政策である。道路の使用制限を緩和して屋台の出店を促し、経済を活性化しようというもくろみだ。コロナ禍で傷んだ雇用の回復が喫緊の課題だが、財政規律を考えれば無駄なコストはかけられない。その点、屋台なら低コストですぐ商売を始められる。

 景観などのために屋台を取り締まってきた首都・北京のように、「(屋台は)大都市には向かない」といったんは緩めた取り締まりをすぐに強化した都市もある。だが、新型コロナ前に夜市を認めていた地方都市は、李首相の指示通り、露店経済によって落ち込んだ消費を盛り上げようとしているようだ。

 武漢の江漢路から10分ほどの「保成路夜市」もやはり人であふれていた。入り口には1.5mのソーシャルディスタンスを取るようにとの注意書きがあった。だが、この混雑ではそれを守ることは不可能だ。道の両側に露店が連なり衣料品やカバン、靴、アクセサリー、玩具など様々なものが並べられており、武漢の人々が熱心に掘り出し物を探している。ほとんどの人が身に着けているマスクがなければ、新型コロナの感染拡大があったことさえも忘れてしまいそうなほどだ。

友人らと連れ立ってお茶を飲み、軽食を取る武漢市民。感染爆発の影響を物語るのはマスクだけだ(写真上)。ソーシャルディスタンスを取るように注意する青い看板を気にする人は皆無だ(写真下左)。感染爆発で77日間の都市封鎖を経験したとは思えぬほどの平穏が戻っていた(写真下右)(写真=町川 秀人)

 武漢は長江のほとりに広がっており、歴史的に何度も洪水に見舞われている。今年は梅雨前線停滞の影響で川の水位は増しているが、7月下旬の時点で市街地に目立った浸水被害はない。

 今なお感染拡大に苦しみ「ウィズ・コロナ」を模索する他国を尻目に、封鎖からわずか半年でここまでにぎわいが戻った武漢。その様子を見れば、これが世界中を大混乱に陥れたパンデミックの震源地の姿なのか、と信じがたい思いにかられるだろう。

 武漢を封鎖──。その突然の知らせが世界に衝撃を与えたのは1月23日のことだ。厳格な移動制限が敷かれ、市内の通りからは人が消えた。