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「今までいろいろな浮き沈みを経験してきたが、人の動きが止まってしまうコロナショックは異質で、背筋が寒くなった。ただ、危機的な状況だからこそ、我々が実践してきた『共生(ともいき)』の強みが生きている」

200年企業の生存戦略

鈴与の8代目・鈴木与平会長。代々、与平の名を受け継ぎ、数々の危機を乗り越えてきた。コロナ禍の中、航空子会社の復活に挑む(写真=廣瀬 貴礼)

 こう語るのは、日本を代表する“地方豪族”の一つ、鈴与(静岡県静岡市)の8代目・鈴木与平会長(78歳)だ。鈴与は1801年に廻船(かいせん)問屋として創業した200年企業である。物流を中心に、食品や燃料販売、建設、ITなど約140社ものグループ企業を傘下に持ち、連結売上高は約4600億円に達する。そして、その多くが地元静岡に根を張る。地域に密着し、ステークホルダー(利害関係者)との共生関係を築くことで、戦後の混乱や、石油危機、バブル崩壊など数々の困難を乗り越え、成長を続けてきた。

 地元のサッカーJリーグのチームである清水エスパルスの運営母体が1997年に経営難に陥った際も、支援を請われて応じた。「サッカーなんてほとんど見たことがなかった」という鈴木会長だが、グループとしてチーム経営を担う決断をした。「(スポーツビジネスは)利益を出すのは難しく苦労が絶えないが、地元の方との接点が増えたおかげで、様々な場面で応援してもらえるようになった」と振り返る。

 だがそんな鈴与も現在、試練のただ中にいる。2008年に鈴与が100%出資で設立し、地方空港同士を結ぶ航空会社フジドリームエアラインズ(FDA)の乗客がコロナ禍で激減したからだ。16年3月期に黒字転換して以来、業績を伸ばしてきたが、20年3月期は「大赤字」(鈴木会長)に転落した。それでも鈴木会長の目には力がみなぎる。「足元の状況は厳しいが、1年後にはかなり業績を戻せると予測している」と言う。

1801年~
廻船問屋として創業
2008年~
フジドリームエアラインズを設立。コロナ禍に挑む

 ウィズコロナの新常態では、運賃や利便性だけでなく、移動や滞在の疫学的な安全性が、エアラインの新たな選択基準になると予測している。地方空港がある各地の自治体や宿泊業と連携し、コロナ対策を徹底した移動手段や宿泊施設を確保。航空チケットとセットで販売することで、安心・安全を求める利用客に応えようとしている。

 地方財界に対し、ヒト・モノ・カネを呼び込む航空会社の立場は強い。宿泊や観光をセットにした商品を作る際など、自社に都合の良い形で、協力を求めることもできる。だが地方企業を自認する鈴与は、各地域と同じ目線に立つ。そして、収益を生むのが難しいといわれる地方路線を、地道に盛り立ててきた。危機に直面する航空業界の中で、鈴与が「次の手」を打てるのは、「短期的な収益にとらわれずに、時間と労力と費用をかけてでも『持続可能な共生関係』を築くことにこだわってきたからだ」と老舗企業を研究する静岡文化芸術大学の曽根秀一准教授は分析する。