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格差や分断といった大きな壁に突き当たった資本主義に、労働者は反旗を翻し始めた。株主利益最優先から、幅広いステークホルダーを巻き込み社会課題を解決できるモデルへ。「国家資本主義」に対抗するためにも、未曽有の危機を生かせるかどうかが問われている。

ニューヨーク州にある米アマゾン・ドット・コムの物流施設前では、新型コロナウイルス対策を求める従業員らの抗議運動が起こった(写真=Bloomberg/Getty Images)

 「アマゾンが収益のためにどれだけの倉庫・配達スタッフの安全や倉庫周辺の環境を犠牲にしてきたか」

 米アマゾン・ドット・コムの社内アクティビスト団体「アマゾン・エンプロイーズ・フォー・クライメット・ジャスティス(AECJ)」の中心人物の一人、マレン・コスタ氏は日経ビジネスのインタビューで怒りをあらわにした。

 コスタさんは4月、累計17年勤務した同社をAECJの活動が原因で解雇された。新型コロナウイルスの感染で安全が十分に確保されていなかったとされる倉庫従業員とテック従業員をつなぐ会合を開こうという十数分前だった。

 3月には、ニューヨーク市内の倉庫で新型コロナの感染者が確認され、倉庫の閉鎖と消毒の必要性を訴えたが口止めされたというクリス・スモールズ氏が、抗議運動を主導して解雇された。

 相次ぐ解雇問題でアマゾンはメディアや政治家の非難の対象となった。新型コロナで配送需要が高まり、アマゾンの業績は好調な一方で、一部の従業員が感染対策が十分でない環境で働かされていると反発を強めている。

 クラウド部門のバイスプレジデントでアマゾン従業員の解雇に抗議して退社したティム・ブレイ氏は、「10年前はテック企業を育てた経営者は英雄だったが、今は多くの人々は(経営者が)手にした大きな権力を乱用しているのではないかと疑い始めた」と語る。

「利益最優先」に反旗

 アマゾンは解雇理由を「社内規定に違反した」などと説明するが、「倉庫は感染者が出ても稼働し続けたが、テック拠点は発覚後にすぐ閉鎖して在宅勤務に切り替えた」(コスタ氏)とされ、格差や差別の問題もはらんでいる。

 企業は株主と経営者だけのものではない。コロナ禍に直面し、巨大企業の従業員の間にそんな意識が芽生えている。アマゾンだけでなく、経営陣に対する抗議活動はマクドナルドやドミノピザなどでも起きている。生活に欠かせない事業を支える重責を担っているのに、防護服の不足や不十分な感染対策などが明らかになったからだ。

 PART1で見たような失業問題も重なり、従業員による抗議運動は世界に広がっている。その矛先は企業や経営者のみならず、資本主義の在り方にも向かう。株主利益の追求が、労働者の犠牲の上に成り立っているという構図が見えてきたためだ。平時では主に所得や雇用を巡る議論だったが、新型コロナ危機においては生命にまで及ぶため、不満が爆発している。

 現代企業が“重視”する「株主至上主義」は企業の歴史の中ではごく短いものにすぎない。英オックスフォード大学サイード経営大学院のコリン・メイヤー教授によると、企業の起源は2000年前のローマ帝国時代に遡る。当時は「組織は極めて公的な機能として活動しなければならない」という基本的な考え方があり、徴税し、貨幣を造り、公的な建物を維持管理する役割があったという。

 「ビジネスの唯一の目的は利益を生み出すこと」との理念は、1962年の「フリードマン・ドクトリン」から生み出された。ノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマン氏は、経営者が株主の利益を支えるために目的と義務を認識してこそ、企業の価値が最大化できると主張した。株主と経営者が「同じ船」に乗れば、経営の効率化が一層進むという理屈だ。

 この考え方は、60年代以降に重きが置かれるようになり、企業は目先の利益を追求する短期志向を強めていった。NPO「FCLTグローバル」が2016年に発表した世界384社の経営者アンケートによると、長期利益を求める文化がない252社の経営陣の55%が、「四半期の利益目標を逃しそうな場合に、将来の企業価値を犠牲にしても新規プロジェクトを遅らせる」と回答した。利益第一の圧力は、借金をしてまで自社株買いに経営者を走らせた。

日経ビジネス2020年7月13日号 36~41ページより