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新型コロナウイルスは、低コストと利益極大化を狙ったグローバル化を変える。医療品などが新たな戦略物資となり、コスト高でも自国生産が拡大する。分断は米中間以外にも広がり、グローバル化はモザイクのように複雑化する。

 「状況が大きく変わったな」──。今年4月初め、アイリスオーヤマの大山晃弘社長はこう思い知らされた。新型コロナウイルスが世界で爆発的な感染拡大をしていた頃。日本でも緊急事態宣言が出され感染の恐怖が世の中を覆っていたが、肝心のマスクがない。街のドラッグストアはほとんどが欠品で、消費者は列を作っても買えない。

 家電から生活用品まで多様な品目を手掛けるアイリスをはじめ、メーカーの多くは中国などで生産し、日本に逆輸入していたが、現地の需要が急増し、それが難しくなったためだ。逼迫の状況に政府からはこの時、「国内で生産してほしい」と強い要望が寄せられた。

 ところが中国でも異変が起きた。「何でこんなに大量のマスクがあるんだ」。ちょうど同じ頃、中国・蘇州工場で生産したマスクを市内の港から日本向けに輸出しようとした際、中国税関の検査官に止められるという“事件”が起きた。日本では一般向けとして販売していたが、商品名が「サージカルマスク」だったため医療用と勘違いされたのだ。

 当時、医療用マスクは一般用よりさらに逼迫し、世界中の国で「取り合い状態」となっていた。この時はパッケージを変えて誤解を生まないようにすることで事なきを得たが、中国側からは「中国の工場で生産したマスクは全量、中国国内に供給してほしい」と要請を受けたという。

 両国の狭間で大山社長が感じたのは「マスクは安全保障商品になった」ということだった。熟慮の揚げ句決断したのは、家電や生活用品などを製造する角田工場(宮城県角田市)に生産ラインを設け国内への供給をすることだった。生産移管には日本政府からの補助もあった。「新型コロナが収束しても、感染症はまた新たに出てくる。医療用品は(各国とも)国内生産に変わっていくのでは」(大山社長)と感じたという。

リスクをにらみ、日中中心の生産体制を次第に拡大
●アイリスオーヤマの世界工場生産
アイリスは、中国で手掛けていたマスク生産の一部を宮城県の角田工場に移管した

 アイリスはこれとは別に、中国・大連工場で生産していた家庭向けの送風用サーキュレーターの一部を、今年2月から韓国・仁川工場と米アリゾナ工場に移管し始めた。対象は両国での販売分。「米国が大幅に引き上げ始めた対中関税を回避するためと、自国製の方が消費者の受けがいい」(同)からだ。

 今、資本主義を支えてきたグローバリゼーションが新たな段階を迎えようとしている。世界経済がグローバル化を選択したのは、市場と生産・物資調達のフロンティアを求めてのことだった。19世紀前半に鉄道や蒸気船など、大量・遠距離輸送手段を手にして人々は市場を拡大し、1990年代のIT革命で生産・調達拠点は世界に広がった。89年に米ソを両極とした冷戦が終結したこともありグローバル化は急速に進んだ。

 以後目指してきたのは、人件費などコストが低い場所で生産し、資材・部品などのサプライチェーンをそれに合わせて整備。市場に供給する仕組みを作ることだった。市場統合や関税引き下げを進め、低コスト・高効率・利益極大化を求めて世界を一体にすることが目指すグローバル化だった。

 ところが、新型コロナの感染拡大とともにそれが変わり始めた。変化の1つ目は、効率や利益だけでは測れない評価軸が出てきたことだ。マスクはその典型だろう。

 これはもともと、低価格の日用品として、製造・物流コストで最適地生産を狙う従来型グローバル化品目だった。しかし、感染症が多発しかねない時代となり、各国は医療関係用品として国内生産を優先し始めた。今後は、医薬品の一部にもそうした動きが広がる可能性はあるだろう。

(写真=Yaorusheng/Getty Images)

 コロナ後のグローバル資本主義に立ちはだかる2つ目の変化は米中間の新たな「冷戦」の先鋭化だ。ハイテクの覇権争いから始まった対立は今、新型コロナの感染源を中国とする米国と、それに対する中国の反発で激しさを増している。6月30日には中国の全国人民代表大会で香港国家安全維持法が可決され、「民主主義vs共産主義」の対立構図もより鮮明になっている。

日経ビジネス2020年7月13日号 32~35ページより