新型コロナがスタートアップの成長プランに待ったをかける。投資家が財布のひもを固く縛り、必要な資金を調達できない状況が続く。スタートアップ投資の「バブル」は終わりを告げた。

スタートアップの成長シナリオに暗雲
●スタートアップの典型的な成長シナリオに新型コロナウイルスが与えた影響
<span class="fontSizeL">スタートアップの成長シナリオに暗雲</span><br />●スタートアップの典型的な成長シナリオに新型コロナウイルスが与えた影響
米国政府が開催する「世界起業家サミット」。オランダで開催した2019年は約6000人の参加者が集まった(左)フィンランド発のスタートアップイベント「Slush」の日本版は19年まで5回開催された(右)(写真=左:Hollandse-Hoogte/アフロ、右:NurPhoto/Getty Images)
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 「利益はいつ出るの?」「毎月使っているお金はどれくらい?」──。

 留学生向けにオンライン学習や就職活動などのキャリア支援サービスを提供するスタートアップLinc(リンク、東京・千代田)の仲思遥CEO(最高経営責任者)は2020年に入ってから次の成長に向けた資金調達に動き出した。ベンチャーキャピタル(VC)を回り始めてすぐに気づいたのが、質問される内容が2年前の資金調達時と大きく変わったことだった。

 18年に初めて調達したときは、スタートアップへの投資が過熱する「バブル」のさなかだった。景気が良く、カネの出し手が増えて出資競争になっていた。メルカリやラクスルの新規株式公開(IPO)などの大型の成功事例も多く出た時期だ。「起業家が“ロマンと夢”を持っていれば億単位の金額がついた」と仲CEOは振り返る。

 だが今は違う。新型コロナウイルスの感染拡大が世界の経済に急ブレーキをかけたことで事態が急変した。投資家は損失を回避すべく、足元の業績や黒字化のめどといった短期的な指標を重視する姿勢に変わった。「求められるのは“ロマンとソロバン”だ」(仲CEO)。新たな投資家の候補として大手VCを10社ほど回ったが、色よい返事は得られなかった。

最終承認の直前に断り

 こうした話がスタートアップから次々と上がってくる。

コロナショックで今年1~3月に急減
●スタートアップへの投資件数の推移
コロナショックで今年1~3月に急減<br /><span class="fontSizeXS">●スタートアップへの投資件数の推移</span>
出所:プライスウォーターハウスクーパース(PwC)、CBインサイツ
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 「3月末から4月上旬にかけて、ほとんど決まっていたVCから立て続けに『出資を辞退する』との連絡があった」。こう悔しそうに語るのは、フィンテック関連スタートアップの創業者だ。総額で数億円を調達する計画で、ほとんど投資家の顔ぶれも決まっていた。「デューデリジェンス(資産価値評価)も終わり、後は最終承認をもらうだけだったのに、『既存の出資先をフォローする』という理由でいきなり断られてしまった」。この創業者は資金調達の時期を見直しながら別の投資家探しに追われている。

 ヘルスケア関連事業を手掛ける別のスタートアップ経営者は、突然態度を変えたVCに対する憤りを隠さない。事業の成長のために数億円の資金調達を計画していたところ、3月半ばに会ったVCの担当者が「銀行と協調して過半を出資したい」と申し出てきた。出資の柱が固まれば事業計画も立てやすい。そう考えて本格的な交渉に入った。

 ところが、国内でも新型コロナの感染が拡大する中、VCの態度がどんどん消極的になっていった。今回の資金調達では主導的な役割を果たせなくなったとの連絡が入り、出資額を下げて検討することになった。

 それでも、資金調達の重要性に変わりはない。審査のためにVCから求められた大量の書類提出にも最優先で対応した。追加の細かい問い合わせと、それに対する回答で積み重なったメールのやり取りは70通を超えたという。しかし、最終的に5月に届いたのは、「今回は出資を見送る」という衝撃の内容だった。「時間を返してほしい」。資金調達計画の見直しを迫られたこの経営者の怒りは収まらない。

有力企業なのに調達できず

 複数のスタートアップが資金調達に難航するのは、そのスタートアップの実力が足りないからではなさそうだ。冒頭で紹介したリンクの仲CEOは中国北東部の瀋陽出身で、高校卒業後に慶応義塾大学に留学した経歴を持つ。留学生向けのサポートが薄い就職活動などに苦労した自身の経験から、留学生が日本でキャリアアップしていくためのサポート事業を手掛けるリンクを16年に起業した。

 その前には野村証券の投資銀行部門でリクルートホールディングスなどのIPOに携わった経験を持つ。資金の受け手と出し手、両面の視点を持ち合わせた起業家だ。「資金の出し手が何を見るかは理解しているし、良い数字も出ている」(仲CEO)

 加えて「海外人材」や「オンライン教育」といった成長が期待される分野で事業を展開する。現に2年前は独立系VCのジェネシア・ベンチャーズ(東京・港)やシンガポールに拠点を置くVCのビーネクストからすんなりと1億円を調達。その後もサービス利用者を順調に増やしていた。そんなリンクですら、このタイミングでの資金調達には苦戦した。

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