コロナ・ショックによって、様々な手を講じても所得の大幅増は見込めそうにない日本人。ただでさえ少子高齢化と人口減少に悩むこの国は、これで“終わってしまう”のだろうか。重要な示唆を与えてくれるのは、焼け野原から立ち直ったあの時代だ。

1950年代から60年代にかけ、テレビなどの家電は人々に希望をもたらした。当時の池田勇人首相(左)は「所得倍増計画」を打ち出し、日本経済は右肩上がりの成長を描く黄金期へと入っていく(写真=3点:共同通信)

 安倍晋三首相をはじめ世界各国の首脳は、コロナ・ショックで傷んだ自国経済を「V字回復させる」と語気を強める。が、ウイルスの封じ込めが遅々として進まぬ中、少なくとも日本では、その言葉を額面通りに受け止める人はもはや少数派に違いない。

 この先の日本経済がたどる道筋は、「V字型」でも、二番底を織り込んだ「W字型」でもなく、数年、場合によっては10年単位でしばらく元に戻らない「L字型」になる──。専門家の間ではこんな悲観論が高まっている。

「無接触」でシェア経済も揺らぐ

 その根拠は様々だが、例えばここ数年、日本経済の救世主といわれたシェアリングエコノミー。不動産やクルマ、自転車、洋服などあらゆる分野で他人とのシェアが実現すれば、「経済規模は3000億円、国内総生産(GDP)に反映して最大1000億円の押し上げ効果がある」と内閣府は推計した。だが、「コロナ禍での『無接触奨励』の風潮が長引けば、『他人とのモノや空間の共有』を大前提とするシェアリング産業は土台から揺らいでいく」(帝京大学の宿輪純一教授)。

 当然ながら「L字型」になれば、企業や個人、国が様々なやり方で増加を試みてきたにもかかわらずコロナ・ショックで落ち込みつつある国民の所得も、当面回復は望めない。そして「年収2割減」の状態が続き、消費の一段の停滞を招けば、ハイパーインフレなど来なくても日本経済の長期低迷は免れない。

 ただでさえ少子高齢化と人口減少に悩む日本。この国に明るい未来はもうないのだろうか。

 結論から言えば、諦めるのは早い。一国の消費の動向を決めるのは、必ずしも所得だけではないからだ。所得に並んで重要なのは「未来への希望」だ。

 収入が増えても将来への不安があれば稼いだカネは貯蓄に回ってしまう。2013年のアベノミクス発動以来、実質所得が上昇する局面がありながら消費の伸びにつながらなかった背景に「将来への不安」があったのは疑いない。

 とりわけ若年層での「希望喪失」は深刻で、将来に希望を持つ若者の比率を国際比較すると、日本は12.2%と、米国(55.6%)やスウェーデン(51.6%)、韓国(41.9%)などを大きく下回る(平成29年消費者白書)。逆に、新興国のように、将来への希望が満ちていれば人は多少無理をしてもお金を使う。

 とはいえ、所得が低迷する中で「未来への希望」を高めるのが至難の業であるのは容易に想像がつく。それでも、今はやれることをやるしかない。

 「今を耐え抜けば、楽しく便利な暮らしが待ち受ける──あの時代にはそんな『明るい未来のイメージ』があふれていた」。1931(昭和6)年に生まれ、戦後の日本を見てきた経済界の重鎮、元関西電力会長の秋山喜久氏(88)は、こう話す。あの時代とは、戦後の復興期のことだ。

 東京大学入学で上京するまで、秋山氏は山梨県の実家にいた。太平洋戦争で壊滅的な打撃を受けたため、どの街にも物はほとんどなく、焼け野原と闇市ばかり。人々は満員列車に乗って集団で買い出しに行き、何とか食いつないでいた。

 秋山氏も55年の関電入社後も、会社の寮に住み込み食べていくのに精いっぱい。冷蔵庫などあるはずもなく、箱に氷を入れて食料品を冷やしていた。「本当に何もなかったけど、欧米に追い付け追い越せという気概と希望だけはあった」と振り返る。

 「日本経済の自立と安定への財政金融引き締め政策、ドッジラインが49年。その頃から社会の雰囲気が変わってきた。供給が増え、ハイパーインフレを回避したこともあって、『今は駄目でも、いつかは明るい未来が来る』という確信を多くの人が持つようになった」

続きを読む 2/4 「企業の力」がもたらす希望

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り3570文字 / 全文5599文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

オリジナル動画が見放題、ウェビナー参加し放題

日経ビジネス最新号、9年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「所得崩壊 年収2割減も現実に」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。