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「雇用を守る」と言っても、その守り方は経営者の哲学や事業内容によって大きく異なる。自社で守り続けるのか、守らないのか。重要なのは、何が「社員の幸せか」を追求することだ。危機を生き抜く雇用モデルを作るには、組織のレジリエンス(回復力)を高めなければならない。

 雇用についての考え方で、対照的な2人の経営者がいる。一人は、トヨタ自動車の豊田章男社長が経営の“師”と仰ぐ、伊那食品工業の塚越寛最高顧問だ。1958年の創業以来、寒天製造ひと筋で48期連続の増収増益という偉業をなし遂げた。ゆっくりと、だが着実に成長する「年輪経営」という独自の哲学を持ち、リストラを一度もしたことがない。「雇用を守る」経営の筆頭格だ。

 もう一人は、寺田倉庫の前社長兼CEO(最高経営責任者)、中野善壽氏。伊勢丹や鈴屋、台湾の百貨店を経て寺田倉庫に入社し、2011年に社長になった。中野氏は、トランクルームなどを手掛ける一般的な「場所貸し」の倉庫業を営んでいた同社を、わずか数年で変革した。低収益の企業向け事業を売却する一方、絵画や高級ワインの保管など消費者向けビジネスに進出する構造改革を実施。1000人ほどいた社員は約10分の1に激減した。中野氏は、「雇用を守る」という考えに固執しない。

 相反するように見える塚越氏と中野氏だが、実は経営の目標は通底している。それは何か。「コロナ・ショック」への向き合い方から、2人の雇用についての哲学をのぞいてみよう。

雇用の目的は「社員の幸せ」

新型コロナウイルスの感染拡大が雇用危機を招くかもしれません。

塚越氏:従業員を解雇することはこれまでないし、これからもありません。どんなに苦しくとも、経営者の責任として一度採用した以上はその人の幸せを考え、雇用し続けるのが当然です。

 企業は何のために存在しているのか。いい会社にして皆で幸せになることこそが目的です。私が実行してきた年輪経営は、ゆっくりと、しかし毎年どんなことがあってもどこかがよくなる経営、といっていもいい。

そのような経営は非効率ではありませんか。

塚越氏:非効率に見えるかもしれませんが、企業には終わりがない。だから急ぐ必要は全然ない。むしろ手元資金を十分置いてゆっくり成長するから危機に強い。売り上げが半分になっても社員を2~3年雇用するくらいの力はあると思う。それだけではなく多岐にわたって危機に備えています。本社と各営業所には衛星電話を置いているし、もっと言えば農業にも取り組んでいる。

 他方、四半期ごとの決算を重視する効率経営は急成長が目的になっていて、いざというときの備えを十分にできない。だから突然の危機に弱いのです。

伊那食品工業の塚越最高顧問は、ゆっくりと着実に成長していく独自の哲学「年輪経営」を標榜し、雇用を守り続けてきた(写真=栗原 克己)

既に、雇用に手を付けようとしている企業もあります。

塚越氏:結果として、今回のようなリスクに直面したとき、経営者の考えの差がくっきり表れます。真っ先に雇用に手を付けている企業もありますが、伊那食品工業では「新型コロナの感染拡大で景気が低迷したから社員を切る」などということは絶対にあり得ない。

日経ビジネス2020年4月27日号 36~39ページより